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第17回  救急室での突然の悲報に対応できてこそ上級医

福井大学医学部附属病院 総合診療部 教授
林 寛之 先生
(審J2005061)

「死」に対しての免疫なんて必要ない。
プロの医師こそ、患者さん一人ひとりの命、家族、そして他のスタッフの思いに寄り添い、真摯に向き合えるものだ。

人にとってたった一度にして最大の悲劇でもある死。いくら医療者である自分にとっては日常的な死だからといって、流れ作業的に人の死を扱う医師であってはならないと僕は思う。患者さんにとって一生を締めくくる「死」という瞬間を、その特別さを身に染みて感じながら家族に伝えることが、医師にとっての最大かつ重大な責務なのだ。とはいえ、共感的に受けた悲しみを必要以上に引きずるのもいけない。いったいどうすることで、死に直面した患者さんの家族や医師である自分、そして一緒に蘇生措置を行ったスタッフのストレスや不安を軽減することができるのか、その方法を探ってみようと思う。

家族の心をケアする林流死亡報告メソッド「Dr.林のPQRST法」

家族の心のケアに対する配慮 懸命な蘇生措置の甲斐もなく、亡くなってしまった患者さん。医師が次に行わなければならないのが、その家族に亡くなった事実と過程を説明することだ。これを非常に苦手とする医師はとても多い。新米の研修医などは、自分では誠意をこめて「蘇生できずにすみません」とお悔やみを伝えたつもりが、逆に「違う医者だったら、本当は助かったのではないか」と家族に詰め寄られるケースも少なくない。実は、この死亡報告にもコツがある。重要なのは家族への死亡報告がいつ、誰が行ったかということではなく、「どのように行われたか」というプロセスなのだ。「Dr.林のPQRST法」を頭に叩き込んで実践すれば、家族と医者、双方のストレスもきっとなくなるはず。ぜひ試してみて欲しい。

P=Prepare 事前準備

死亡報告は家族や近親者がみんな病院に集まってからが鉄則。これは説明を一回で済ますと同時に、家族がお互いに精神的サポートをできるようにする上でも重要なことなのだ。家族が病院に到着したら、プライバシーが守られる部屋に通し、経験豊富なベテランの看護師を付き添わせケア対策を万全にしよう。医師は、家族に会う前に、事故状況、処置の流れ、検査結果などについて救急隊、看護師、警察など各方面から情報を集め、家族からの質問にスムーズに答えられるよう頭を整理しておこう。検視がある場合は先に済ませ、遺体はきれいに処置を施し、白いシーツをかけておく。

Q=Quick & direct death notification 死の宣告は簡潔明快に

族に会う時は、携帯電話や院内ピッチなどは着信が鳴らないようにし、家族とじっくり向き合う姿勢と時間を確保すること。自己紹介をしたら、家族と同じ目線になるよう椅子に座る。家族の代表者に話をすべき家族が揃っているかどうか、家族以外の人が紛れ込んでいないかを確認したうえで、「悪い知らせがある」ことを落ち着いたゆっくりとした口調で伝える。次に家族にどこまで知っているかを聞き、すでに死亡を知っている場合は早く死亡を告げる。まだ死亡を知らない場合は、簡単に状況を伝えたうえで死亡を告げる。いずれにもしても、患者さんの死はなるべく簡潔に、曖昧な表現を使わずに明確に伝えること。時間にして、30秒から長くても2分以内で済ます。気をつけるべきはやはり言葉づかいだろう。「永遠の眠りにつきました」など曖昧な表現を使わずに「お亡くなりになりました」あるいは「死亡」とはっきり言う。また、患者さんについては必ず「○○さん」と名前で呼び、「患者さん」「故人」「仏さま」などは言うべからず。患者さんは物ではないのだ。

R=Response phase 家族の反応を受け止める

死亡を告げられた家族にとってそのストレスは計りしれないものがある。死に対する否定、怒り、絶望、深い悲しみが次々と去来し、現実を受け入れるにはそれなりの覚悟と時間が必要だ。長い沈黙が部屋を支配するのも珍しくはない。たとえその沈黙が居心地悪くても、家族の反応を受け止め、共有することが大事なのである。家族から信頼される医者というのは、怒りも悲しみもすべての感情を吐き出させ、自分は聞き役に徹し、共感・同情を伝えられるもの。家族の怒りを個人攻撃とは思わずに、ときには家族の肩に手を置き、「最後に元気な姿を見たのはいつですか」と思い出を語れる時間を十分に与える余裕も必要。「もし自分があのとき故人にあんなことを頼まなければ…」と罪悪感を抱いている家族には「やりきれない気持ちはごもっともです」「つらいときはつらいと言っていいんですよ」と優しく声をかけ、「誰か呼んでほしい人はいますか?」と心のケアに対する配慮も忘れてはならない。結果論で話をすすめてはいけない。罪悪感を持つ家族には、それを軽減させるような話に持っていくといい。交通事故など急性の病態であれば、「一瞬の出来事なので、痛みを感じる暇もなかったはずです。」など、故人がつらくなかったことを伝えるのもよい。

私の経験上、小児の死亡の場合は医師という立場ながらやるせない感情がこみあげてくるものだ。そんなときは、医者だって涙を流したっていいのではないかと思う。それだけ死の重みを分かっている証拠なのだから。

S=Summarize/Support 家族のサポートと総括

死亡宣告を受け、遺体と対面し、悲しみに打ちひしがれる家族の様子がいったん落ち着いたら、詳細を説明し、質問に答える時間を設ける。この時間もまた重要だ。医学用語は避けてわかりやすい言葉を使い、共感的で同情的な落ち着いた口調でゆっくりと話をするようにして。もし、前医の処置に疑問があったとしても、決して批判的な発言はしないこと。
死亡診断書(または死体検案書)はできるだけ早く書き上げ、封書に入れて渡す。その際に、自分の名前と連絡先部署、内線番号も書き入れ、その後の質問や必要な書類も引き受ける旨を伝えよう。その誠意が、6週から1年はかかると言われる家族にとっての悲嘆期間の精神的サポートになるのだから。

T=Team care 医療チームのケア

不安やストレスをチームで共有 次の患者さんに向き合う準備を ケアしなければならないのは、なにも患者さんの家族だけではない。いくら死に対して免疫があるとはいえ、小児の死亡や家族の悲嘆にくれる様子を目の当たりにした後などは、医療者だって心がずしりと重くなるもの。かといって、蘇生措置が報われなかったストレスややるせない気持ちを引きずったまま、一日を過ごすわけにはいかない。私たちには、次々に救わなければならない患者さんが待っているのだ。そこで、あらゆる不安やストレスを短時間で乗り越える手段としてよく使われるのが“ストレスデブリーフィング”という手法。患者さんの家族の帰りを見届けたら、同席した医療スタッフを集め、お互いに自分のストレスを吐露しあうのだ。心にあるわだかまりや不安をすべて吐き出し、それを共有することで、ともに次の患者さんに向き合う姿勢と心持ちを整えるのだ。こうしたスタッフたちへの配慮ができてこそ、一流の医師だと僕は思っている。

患者さんの家族に蘇生現場を見せるべき?見せざるべき?

「死亡報告で大事なことは、その事実をどのように伝えるかだ」と、長々と説明してきた。それは、残された家族の悲嘆反応を長引かせないため、ということに他ならない。こうした家族の悲嘆反応を和らげるひとつの手段として、僕は蘇生現場を家族に見せることもアリなのではと思っている。もちろん、措置に集中する意味でも救急蘇生現場は医療の聖域として、家族を遠ざける医師は多い。でも、家族の立場からすれば、傍にいるのにどうして最後を看取れなかったのかという無念さが去来し、それが措置に対しての疑念さえ生むことにもなりかねないのではないだろうか。もちろん、蘇生現場に家族を入れることは相当な覚悟が必要だ。けれど、少なくとも患者家族に蘇生現場に立ち会いたいかどうかの希望は聞くべきだと思う。もし、家族が立ち合うとなったら、蘇生の手技や経過を家族にきちんと説明し、万が一その場で卒倒するようなことがあった場合の対処も必要だ。蘇生対象となる患者さん以外に、その家族にもまた、精神的負担を負った新たな患者さんが発生したものとして人員を割かなければならない。とはいえ、スタッフの人数が足りない、あるいは手技に自信がない場合もあるだろうから、ケースバイケースは当たり前。だとしても、最低限の措置を済ませてから家族を呼びいれることもできるはず。大切なのは、決して、家族を放りっぱなしにしないことだ。蘇生現場を見せることで家族の蘇生措置に対しての満足度が上がり、悲嘆反応も軽減できる。一方の医療者はどうかといえば、家族の前で患者さんの人生背景を考慮しながらより人格的アプローチができ、プロフェッショナルとしての自覚と自信が生まれたという声も多く聞く。とかく、救命救急では医師本位で措置が進められるが、ときにはこうした家族の立場からのベストな対処を考えることも必要だと思う。

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