TOP 指導医向け、研修医向けコンテンツ 悩める指導医へのあるある辞典 第14回 「非典型が典型!」なんて! killer chest painの騙し方教えます

指導医向け、研修医向け
コンテンツ

第14回  「非典型が典型!」なんて! killer chest painの騙し方教えます

福井大学医学部附属病院 総合診療部 教授
林 寛之 先生
(審J2005058)

疑うものは救われる!
頭痛のタネ「胸痛」にビビってなんかいられない!

医者にとって何が怖いかって言われれば、なんといったって“見逃し”。患者さんは必ずしも典型例でやってくるわけではない。言い換えれば、疾患は常に形を変えて患者さんに潜んでやってくる。これに気づかず疾患を見逃してしまうと、訴訟大国アメリカでは医療ミスとしてン億円という金額で訴えられるケースがあるんだからたまったものではない。この見逃しでいちばん多いのが“胸痛”を伴う疾患だ。胸痛のワースト3は心筋梗塞、大動脈解離、肺血栓塞栓症。今回は、この3つの疾患に焦点を当て、医療者にとって最大の敵ともいえる「胸痛」とどう戦うかをレクチャーしようと思う。

心筋梗塞

心臓周辺の痛みは即ECG!
検査後のフォローアップで見逃し回避

ECGとフォローアップで見逃し回避 「“痛いところはない”“胸焼けがする程度”“息苦しい”とは言っていたけれど、“胸が痛い”なんてひと言も言ってなかったのに…」。と肩を落とす研修医をこれまで何人も見てきた。ここは声を大にして言わせてもらおう。「患者さんが言っていることを鵜呑みにしては、医者は簡単に騙されるんだよ!」。素直な医者を騙す敵の最たるものが心筋梗塞。北米の医療訴訟でも心筋梗塞は常にトップランクにいるんだから、これぞ宿敵!

初診時で心筋梗塞を見逃さないためには、まずは“疑う”こと。患者さんが胸痛を訴えないからと、消去法で心筋梗塞の疑いを消してしまっては元も子もない。「疑わなければ始まらない」くらいの気持ちで患者さんを診るべきなのだよ。

心筋梗塞を疑うには、そうでないと判断できるまで徹底的に探す執拗さが必要。実際、「痛みがわからない」「痛みがない」心筋梗塞は全症例の22~35%にもなるという報告もあるんだ。とくに女性の心筋梗塞の43%は「胸痛なし」とも。その代わり吐き気を訴えるケースが多いということは、知っていたかな?もはや心筋梗塞=胸痛という典型例はそれほど多くないということを常識としてもいいくらいだ。患者さんにしても、心筋梗塞の20%が「自覚症状なし」なのだから、ますます患者さんの言うことをあてにはできない。

ならば、一体何を足がかりにしたらいいのか?と聞きたくなるよね。これは、「患者さんの体から発せられるサインを見逃さない」ということに他ならない。例えば、「冷や汗が出る」「肩への放散痛(特に両肩)」「吐き気」といった症状を伴うと、LR(Liklihood Ratio尤度比)は高くなり、心筋梗塞の可能性がぐんと跳ね上がる。他にも、のど、背中、胃の痛みなど心臓を取り巻く半径30㎝以内の痛みはすべて心臓を疑うこと。そして疑わしきは即、ECG(心電図)!

ECGをとったからといって油断は禁物。ECGでST上昇がないからといってすぐに大丈夫と言ってはいけないよ。必ず、以前のECGを出して比較するのは、鉄則。検査結果よりもむしろ、患者さんの病歴やリスクファクターが大事な判断材料になるということもお忘れなく。どんなに頑張っても2%は見つけられないので、いかに具体的にフォローアップを示して、「患者さんとともに病気を探していくか」という姿勢になるようなコミュニケーション能力が必要だ。

大動脈解離

あらゆる症状で攻めてくる相手にはコンビネーション合わせ技で対処を

3項目のコンビネーション 「前胸部の痛み」「血圧90/70mmHg」「ECGでのII、III、aVfでST上昇、I、aVL、V5、V6でST低下」。以上の症例だとしたら、どんな判断を出す?大概の人が「心筋梗塞」と言うよね。胸部X線では上縦隔拡大もなかったというこの患者さん、結果は「胸部大動脈解離」だったんだ。

大動脈解離は発症から1時間ごとに1~2%ずつ死亡率が増加し、最初の24時間でおよそ33%の患者さんが死亡する。それこそ見逃しが命取りになってしまう。

この大動脈解離というのは、多彩な症状でやってくることで有名。症例が典型的でない場合も多いうえに、予後の悪さがまさに医者泣かせ。

ならばどうやって大動脈解離の疑いを見抜くかという話になるよね。「裂けるような痛み」などと典型的な訴えをする者は半数しかいない。「脈の欠如」「血圧左右差」「胸部X線での上縦隔拡大」「神経欠落所見」などは有力な手掛かりとなる。ここで、「Dr.林のQRS」をチェックしよう。Q:Quality/裂けるような、鋭い痛み、R:Radiation/血管に沿った痛み、痛みの移動、S:Severity/急性発症で発症時には動けないくらい痛い(血管の裂けるのが止まれば痛みは軽減してしまうので、この時期の受診で痛みが軽いからと言って騙されない!)をチェックするのだ。

ここで騙されやすいのは、大動脈解離に心筋梗塞を合併してくるパターンだ。勘弁してほしいよね。ECGじゃ完璧に心筋梗塞なのだから。胸部大動脈解離の7%のECGでST上昇を認めてくるが、心筋梗塞全体では大動脈解離を伴うのはたった0.07%しかないので、ECGから心筋梗塞を疑えば、躊躇しないで心筋梗塞の治療を開始するようにガイドラインではうたっている。だが、Dr.林のQRSにひっかかるような場合は安易に心筋梗塞と決めつけないように注意したい。一般的に、大動脈解離が冠動脈をかんでくる場合は右冠動脈が多い。したがって、Dr.林のQRSにひっかかるような下壁梗塞をみたら右室梗塞を探し(V4R、V5RでのST上昇)、右室梗塞のECGをみたら大動脈解離も疑うべし!

「血圧が低いから大動脈解離ではない」なんて思ったらそれこそ命取り。心タンポナーデ、大動脈弁閉鎖不全、左室機能低下、大動脈破裂などの合併から大動脈解離でも血圧が低くなるケースもあるんだから、やっぱり油断は禁物。解離に伴う上肢への血流低下の可能性もあるから、まんまとニセ低血圧に騙されることのないように。

こうして多彩な症状で攻めてくる相手だから、各病歴、身体所見、胸部X線、ECGの単独ではなかなか決定打にはならない。だからといって諦めてはダメ!ここはコンビネーション合わせ技で対処を。Von Kodolitschらは
(1)大動脈痛
(2)上縦隔拡大(胸部X線)
(3)脈の欠如、血圧の左右差
以上の3項目のコンビネーションが有効であると報告している。

ここまでくると、診断の難しさから「胸痛アレルギーになっちゃいそう」なんて声も聞こえてきそう。でも、心配しなくても大丈夫。ACS、大動脈解離、肺血栓塞栓症のリスクはないかなど、すべての胸痛患者さんのリスクをチェックし、大動脈解離に対して何かしらのアプローチをしたという証拠をカルテに残すこと。そして、躊躇することなく速やかに専門医にバトンタッチすれば、たとえ初診時で100%見つけることは無理かもしれなくても最悪の事態は避けられる。きちんと疑う心があれば、ほとんどの症例を見つけることは可能だということを忘れないで。

肺血栓塞栓症

疑う者は救われる。Well’sクライテリアを味方につけ、造影CTと超音波を駆使しよう!

胸痛のなかでもより診断が難しいと言われているのが肺血栓塞栓症(Pulmonary Embolism 以下PE)。その理由が“決め手”がないから。
そこでひとつの参考として頭に入れておいてほしいのが「Well’sクライテリア」というPEのリスクを分類するスコアリング・クライテリアだ。

Well's クライテリア

以上7つのリスクをチェックし、スコアの合計が2点以下であれば低危険群(3.6%がPEに)、3~6点であれば中等度危険群(20.5%がPEに)、6点で高危険群(66.7%がPEに)と判断する。Well’sクライテリアはいつでもチェックできるようにあんちょこを作っておこう。

スコアが高い場合はたとえ造影CTが正常でも、限界はあるということを肝に銘じて、具体的なフォローアップをする必要がある。

他にも血液ガスと胸部X線の評価を組み入れた「Wickiクライテリア」など、さまざまなクライテリアが考案されているのだが、裏を返せばいかにPEの判断基準が決定的ではないという証拠。となると、諸君がすべきことは、いろんなクライテリアに目を通し、今、目の前にいる患者さんに対して、自分の病院ならこの時間帯にどんなアプローチができるかを考えて、総合的に患者さんを診る目を養うことだよね。

例えば、「発熱、咳、白血球の増加に、胸の写真に映った白い影。これを肺炎による息切れと胸痛だと思ったものの、よく聞けば、帝王切開後の患者さんでPEだった」というケースも。また、D-dimerをオーダーしたものの陰性だった場合、高危険群の患者さんではD-dimerの値がどうなろうと、しっかりと画像診断でPEを探すべきなのだ。無駄に血液検査に時間を費やすことなく、早く画像診断をすべき。致死的なPEかどうかはまずエコーで右室の拡大(D-shape)を探すこと。そして、心肺停止をきたしたものおよび血圧低下に右室不全が加わった場合は血栓溶解療法に切り替えるのがベストな処置になる。D-dimerはむしろリスクが低い場合に除外目的で行われるべき検査なんだよ。

こうして誠心誠意頑張っても100%の診断ができるわけがないのも正直事実。「見逃し」「誤診」「ミス」なんて文字がメディアを賑わしているけれど、それを恐れていてはいけない。きちんと探した上で見つからないのは、本来は医療の「限界」なんだ。医者自身が「ミス」と言われることを恐れ、危ない橋を渡らなくなっては結局、患者さんを救えなくなってしまう。世のため、人のための医者であるという心持ちがやっぱり大事!我々の敵は患者さんではなく、病気なんだから!

悩める指導医へのあるある辞典

JBスクエア会員

JBスクエアに会員登録いただくと、会員限定にて以下の情報をご覧になれます。

  • 最新情報をお届けするメールマガジン
    (Web講演会、疾患や製剤コンテンツ等)
  • Web講演会(視聴登録が必要)
  • 疾患や製剤関連の会員限定コンテンツ
  • 薬剤師向けの情報
JBスクエア会員の登録はこちら
領域別情報 製剤情報 関連疾患情報
お役立ち情報・患者指導箋など JBファーマシストプラザ JBスクエア会員 講演会・学会共催セミナー
エキスパートシリーズ 情報誌など お役立ち素材 その他コンテンツ 新着情報