TOP 指導医向け、研修医向けコンテンツ 悩める指導医へのあるある辞典 第8回 感染症の基本…本音と建前

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第8回  感染症の基本…本音と建前

福井大学医学部附属病院 総合診療部 教授
林 寛之 先生
(審J2005053)

学問上の興味と市中病院の忙しい臨床で経験できることとは、必ずしも一致しないものである。検査漬けで頭の悪い研修医を作っているのは他でもない指導医の後姿なのだ。(失礼!そうじゃない人の方がはるかに多いけどね)今、優先すべきことは何なのか。その検査が本当に今、するべきものなのか。治療の開始時間がカギとなる感染症だからこそ、医者の判断力は問われるもの。患者さんの利益を考えて、検査の必要性をきちんと判断して対応したい。

肺炎なら採れない喀痰検査で時間をかけるより抗菌薬の投与が先決

肺炎の場合、抗菌薬投与はスピードが重要 市中肺炎の場合、果たして喀痰検査はいるのか否か。教育上では「すべし」というのが模範解答だが、実臨床では有用性はそれほど感動的ではないのが実情だ。抗菌薬が効くか効かないかで考えるならば、エンピリック抗菌薬を変更しないといけない場合はほとんどない。喀痰検査の多くは「やっぱり!」と確認作業をするに等しい。勿論、痰がうまく出せて原因菌が特定されたら、なるべく狭い範囲で抗菌薬を使用するのが効果的であり、かつ治療効果もたった5分の喀痰検査で確認できる。なんとステキな自己満足。とはいえ、喀痰検査をしてもうまくとれるのはせいぜい25%程度。それまで治療をスタートさせないなどと言う人がでてきたら、ナンセンスな話だよね。肺炎の予後というのは、治療開始までの時間が勝負であり、患者さんが来院してから4時間以内に抗菌薬を投与した方が予後が良いと報告された。ところがアメリカのER平均待ち時間は4時間である上、訴訟大国でもあるから、見切り発車で診断もろくについていないのに抗菌薬を投与してしまうという事態があいついだ。その後来院後6時間と時間が変更されたものの、実際には発症からの時間や重症度によって抗菌薬投与が論じられるべきであり、来院後からの時間は根拠が無いと学会が否定した。なんともはや社会的事情が勘案された感もあるが、それでも抗菌薬は肺炎の診断がついたら、必ず1回目はERで投与すべきと学会が推奨している。入院してから抗菌薬投与はやっぱり遅いとしている。あぁ、やっぱり早い方がいいんだってか?

さて、臨床疫学的視点から見た場合、喀痰検査は意味がある。患者さんがただ治ればいいと考えてすべての患者さんにナパーム弾を使う必要は無い。菌がわかればより選択性の高い狭い範囲で効くいわゆる鉄砲で十分だ。多くの他の患者さんのために耐性菌を増やさないという志で喀痰検査を行う意義は大きい。ホラ?やっぱり喀痰検査は要るじゃん!って早合点しないで。質のいい痰がすぐに採れたら喀痰検査。なかなか痰が採れなければ(全体の75%)、さっさと抗菌薬投与という柔軟さが臨床には必要なんじゃない?

日々是血培!?敗血症の心配もなく、基礎疾患がなければパスしてもよし

肺炎の患者さんがやってきた。胸部X線でも明らかな肺炎。となると次なる処置はどうなるか?すぐに抗生剤を投与する?それとも教科書通りに血液培養をする?もちろん建前は「血液培養を」だよね。でも、実は市中肺炎の血液培養のありがたみは意外に低い。海外の論文をみると市中肺炎患者の血液培養をした結果、細菌を同定できたのはたったの7%、治療方針を変えることになった例はわずか1%だったというんだ。リスクが高い場合以外は肺炎のルーチンの血液培養は控えるべき(レベルB)とアメリカ救急医学会のclinical policyでも明言されている。基礎疾患もなく、全体状態のよい患者さんであれば血液培養をするよりさっさと治療を開始したほうが費用対効果も上がりそうなものだ。元気な市中肺炎で「血液培養をとってないのに治療開始するのは許せない」といって目くじら立てるのは、血培教以外の宗教は異端とみなす狂信的な考えで世界のスタンダードからは外れているんだ。

でもね、血液培養に助けられることだって多いのも事実。重大な基礎疾患がある場合はもちろんのこと、敗血症が疑われる低体温の状態のときや最近の入院歴がある場合は、十分量を採取して血液培養にかけること。また血液培養結果によって抗菌薬をより狭い範囲で効くものにde-escalationすることは耐性菌予防の観点からは非常に重要。

一番賢いのは、“症例を選ぶ”ということになるかな。

優先順位も時には変わる。鑑別診断を考えた上で、検査を行って

診断をするためには、検査の重要性はもちろんだけれど、急性でかつ重篤な疾患であれば、診断がついていなくても処置を開始させなければならないことだって大いにある。病歴→身体所見→検査→処置という基礎的なアプローチが負け戦の引き金になることもあることを頭に入れておいてほしい。重要なのは処置をしながら病歴を聞き、そして鑑別を進めるといったリアルタイムでの対応ができるかだ。臨床の現場で、シマウマ探しに明け暮れて無駄な検査が増えて、処置が遅くなっては元も子もない。そこで最低限必要とされるのが、鑑別診断。稀だけど見逃してはならない致死的疾患とcommonな疾患の鑑別を常に3つずつぐらい挙げながら戦うようにしたい。患者さんの状態が不安定なときにはとにかく致死的疾患を予想して行動していくようにしたい。検査の絨毯爆撃はダメ。シマウマ探しはほどほどにして、cost effectiveなアプローチを心がけたい。

日本の抗菌薬使用量は少ないからダメって本当?

抗菌薬、投与するなら確実に!! 「出羽の神」と称される北米帰りの医師は「アメリカでは」を連発するから「では」の神と揶揄されることがある。折角いい情報を広めようとしているのに素直に聞けない日本人気質と言うか、年功序列社会と言うか、それでも主義主張を曲げずに「では」の神になって意見を言う神様たちは偉い!反対にいじめられないように留学を隠すようにカタカナ英語を話す人もいたりして、留学っていろいろ人生を考えさせられるのかなぁ・・・。

たしかに日本の使用量が少なくて患者さんが助からないのなら、もうとっくの昔に多くの患者さんが助かっていないはず。でも助かっているという実感を持つ日本人医師も多く、「日本は投与量が少ない」という意見にはすぐには賛同しかねるのだろう。アメリカ人は体格が大きいからたくさん使うんだという意見は正しくなく、南ヨーロッパ系やメキシコ系、アジア系の北米人は我々と遜色ない体格の人も多いのも事実で、やはり推奨どおり抗菌薬をたくさん使用している。

実は抗菌薬投与のスタンダードとも言えるWHO推奨の使用量
http://www.whocc.no/atc_ddd_index/)では、例えばアンピシリン/スルバクタム3g(2:1)、セファゾリン3g、セフメタゾール4g、セフトリアキソン2g、セフェピム2gとなっており、日本の推奨と変わりが無いことが分かる。患者さんが重症な場合は投与量を増やすことになっており、それでも結構いけるじゃん。別に日本が世界から取り残されているわけではないのだ。

お~っと待ったぁ。いやいや、明らかに日本の投与量が少ない抗菌薬もありますね。ピペラシリン14g、アミノグリコシド系抗菌薬(例:アミカシン15mg/kg)など。これは参った!確かに抗菌薬そのものが患者さんを殺す事はない(アレルギーやスティーブンジョンソン症候群などの副作用は別として)ので、どうせ投与するなら確実に効くようにがっちりと行きたいじゃないですか、というのが本当のメッセージ。保険のしばりもあってなかなかつらい時もあるが、患者さんを助けることに主眼を置いて、世界のスタンダードからはずれないように抗菌薬を選択していきたいね。

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