第12回 重症筋無力症~小児から成人へ~ transition(移行期医療)の課題と展望
国際医療福祉大学三田病院
副院長
脳神経内科 部長
村井弘之 先生
長野県立こども病院
副院長
神経小児科 部長
稲葉雄二 先生
(審J2006204)
国際医療福祉大学三田病院
副院長
脳神経内科 部長
村井弘之 先生
長野県立こども病院
副院長
神経小児科 部長
稲葉雄二 先生
稲葉先生:
現在、日本小児科学会では小児期発症の疾患を有する患者さんが成人期に向かうにあたって、小児期医療から個々の患者さんに適した成人期医療が提供されるためのtransitionのあり方が重要な課題となっています。
実際に患者さんが内科に転科・転院する際に、ドロップアウトしてしまったり、転科後の主治医と上手く行かなかったりとスムーズに移行できないことがしばしばあります。その原因を探ってみると、転科のタイミングや患者さん本人の疾患理解、保護者との関係、成人期におけるQOLを意識した小児期の診療計画など、様々な問題点があることに気づかされます。例えば、小児科医から妊娠・出産管理についてしっかりとした説明がなされていなかったり、患者さんがどのような就労形態で生活するのか、さらに高齢者になったときにどのような全身状態で生活するのか、といったことまで予測できていないことが多いと思います。多くの疾患で治療成績が伸び、長期生存できるようになった現在、transitionがどのようになされるのかを考えることが重要になっています。そして、そのためには成人期の患者さんの状況を内科医から小児科医にフィードバックしていただいて、小児期の医療を再検討するという姿勢が大切なのだと思います。
稲葉先生:
初診年齢は15歳まで小児医療で診ますが、日本の場合、高校や大学を卒業し、就職などで転居する時がtransitionのタイミングとして圧倒的に多いと思います。
村井先生:
確かに患者さんを受け入れる際にはその時期が多く、高校生で転院される方は少ない印象です。これまで診た患者さんのうち10名位はtransitionされましたが、うち1名は合併症もありコントロール不良でした。その他の患者さんは良い状態でのtransition をされたと記憶しています。
稲葉先生:
患者教育はtransitionを行う上で最も重要な点です。その疾病を自分のこととして理解することと、自己決定できる力を身につけることが大切だと思います。MGを含め、幼児期発症の疾患の場合は、小児科医は保護者に対して説明をすることが多く、患者さん本人への説明がおざなりになりがちです。すると、本人の病識や治療の必要性の認識が乏しくなり、思春期に親離れした際に退薬したり受診を止めてしまう患者さんも多いとされています。
私の場合、幼児期から学童期前半には保護者中心に行っていた疾患教育を、反抗期前の10歳頃を目安に患者本人に行うように意識して切り替えるようにしています。それによって、本人の自覚を促すとともに、保護者にも子ども自身が向き合わなければならないんだという認識を持ってもらう必要があります。Transition失敗例の多くは、患者さん本人が内科担当医と上手くコミュニケーションがとれないことに由来することが多いので、時機を逸せず対応することが重要と考えています。
稲葉先生:
女児では思春期に生理が始まります。そのため、免疫抑制薬を投与している場合は中高生になれば妊娠・出産時の禁忌薬について説明します。MGは遺伝性疾患ではないため、子供に遺伝はしないこと、妊娠・出産が症状の増悪因子になりうること、出生時に新生児一過性筋無力症が出現するリスクが10~20%14-16)ありますが、医師による適切な管理がなされていれば心配ないこと、などもお伝えします。
村井先生:
注1) 厚生労働省では2005年10月より国立成育医療研究センターに「妊娠と薬情報センター」を設置し、妊婦あるいは妊娠を希望している女性に対し、最新のエビデンスに基づく相談業務を実施し、さらに相談者を対象として妊娠結果の調査を行い、新たなエビデンスを確立する調査業務も併せて行っていた。タクロリムス、アザチオプリン、シクロスポリンを対象として情報の収集が行われ、最終的にはワーキンググループで評価・検討後、添付文書の改訂について検討された。2017年6月に妊娠中の一部の禁忌薬について、厚生労働省が初めて処方を公式に認める方針を固めた。2018年6月下旬の専門家会議で了承を得て、「禁忌」の対象から妊婦を外す方針を示し、7月10日に「使用上の注意」の改訂を各社に指示した20)。
注2) 最新の情報は添付文書をご確認ください。
(2018年7月10日時点の情報に基づく)
稲葉先生:
小児領域ではMGと発達障害の関係について、研究や論文レベルではあまり取り上げられていません。しかし、実際の臨床場面では小児MG患者さんでは、弱視やステロイド薬による抑うつなど様々な要因が絡み合い、心身への影響が少なからずあると感じています。また小児では眼筋型であっても視機能障害により見えにくいためか、多動になる患児が多く、視機能が落ち着いてくると行動も落ち着いてくる印象があります。
村井先生:
原因は不明ですが、成人でも他の神経免疫疾患よりMGで心因性の要因を持つ患者さんが多い印象です。ステロイド薬を服用していることも一因ですが、MGを発症したことによる心因反応もあります。精神症状が強い場合はMG治療の枠から外れてしまい、対処に困る方もいます。
稲葉先生:
小児のMGは眼筋型が多いため弱視になるリスクが高く、両眼視機能は6歳までに発達するため、6歳未満で眼症状がある場合は全て眼科併診とします。6歳以上でも、ステロイド薬の副作用としての緑内障や白内障の評価も含め、基本的には眼科への定期受診を奨めています。
村井先生:
成人の場合、MGに関連する眼症状(眼瞼下垂、眼球運動障害)のみの場合は神経内科で診ていることが多いです。眼科併診はあまり意識していませんでしたが、今後は成人でも眼科への依頼を留意する必要があるかもしれません。
稲葉先生:
小児ではMGの合併症は比較的少ないと思われますが、甲状腺機能亢進症を合併する例を時に経験します。また、ステロイド薬による耐糖能への影響があるため、糖尿病や甲状腺機能亢進症の患者さんでは注意をしています。発達障害を合併する場合は精神的ケアを合わせて行う必要があり、一定以上の症状が出た患児に対しては精神科医に紹介しています。患者さんが精神科受診を躊躇するため、実際は小児科医が診ていることも多いです。その場合はtransitionする際に精神科の併診を奨めることもあります。
稲葉先生:
日本小児科学会ではtransitionにおける医療システムとして、1.完全に成人診療科に移行する、2.小児科と成人診療科の両方にかかる、3.小児科に継続して受診する、の3つのパターンを提示し、疾患の特徴に応じた柔軟な対応を求めています21)。MGの場合は、小児と成人で基本病態や治療戦略がほぼ同じですので、医学的には併診する意味はありません。患者さんの精神的な問題や全身的な重篤な合併症がなければ、完全に成人診療科に移行する、1.の選択が良いと考えます。患者さんに精神的な問題や合併症のケアが必要な場合には複数の科への段階的な移行を考慮することになると思われます。
村井先生:
同感です。実際にtransitionする患者さんは18歳前後が多く、大人として十分対応が可能ですので、成人診療科を診療されるのが良いと思います。
稲葉先生:
小児期の医療費助成制度として小児慢性特定疾病治療研究事業22)があり、18歳未満の児童等が対象です。2017年に事業対象疾患の適応拡大が行われ、MGも対象となりました23)。この制度では、18歳到達時点においてそれ以降も治療の継続が必要と認められる場合には 20歳まで延長が認められます。
一方、成人期には指定難病患者への医療費助成制度を利用することになりますが、2014年12月まではMGを含む56疾患が対象疾患であったものが、現在は331疾病まで適応拡大されています24)。
現在、MGはいずれの制度でも対象疾患であり、申請については法令上どちらか一方に限ることはありませんが25)、通常は小児慢性特定疾病治療研究事業の方がメリットも大きいため、20歳まではこちらを利用することが多くなるかと思います。20歳以降は指定難病への助成を受けられるよう、20歳までに遅滞なく申請を済ませておく必要があります。
稲葉先生:
2006年以降、麻疹ワクチンの定期接種は2回となり1歳時と6歳時に接種します。ただし免疫抑制薬を使用している場合は、感染症が重症化するリスクが高いため、禁忌となり接種することができません。そのような場合は一定期間免疫抑制薬を中止し、ワクチン接種後にtransition できれば理想です。それが難しい場合は本人に説明し、transitionする医師にもお伝えし、必要に応じてどこかのタイミングでの接種も考慮いただくように依頼します。
村井先生:
エクリズマブはIVIgまたは血液浄化療法による症状の管理が困難な場合に使用を限る薬剤です。治験での使用経験はありますが、添付文書上は成人対象の薬剤であり、小児等への投与は承認されていません。
稲葉先生:
小児では安全性が確立されていないとの理由で未承認薬が多いのが現状です。本邦でのエクリズマブの小児MGに対する使用経験は私自身は聞いていません。発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)や非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)は小児の使用経験があったと記憶しています。対象例を絞って感染症に十分注意して使用する必要があると考えております。
稲葉先生:
小児科医は患者さんがいずれ必ずtransition するということを念頭に置き、必要な時期に患者教育を丁寧に行い、成人期のQOLを見据えた治療方針を考え、小児期にやるべきことを済ませた上でtransitionすることが重要です。特に女性の場合は、妊娠・出産を意識した教育計画を立てて患者さんと共有し、10歳位から具体的な準備をしていくことが大切だと思います。
村井先生:
Transitionを受ける側は小児科医が行ってきた治療内容をできるだけ把握することが重要です。さらにtransition した患者さんを大人として扱い、自立して治療が継続できるようにサポートし、信頼関係を築いていくことが神経内科医の役割の1つかと思います。今回の対談でtransition の重要性を改めて認識し、ガイドラインにtransitionの項目を入れるべきか、考えるきっかけになったと思います。
本文内に記載の薬剤をご使用の際には、製品添付文書をご参照ください。
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