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重症筋無力症(MG)

胸腺摘除術の周術期における管理と神経内科との連携

金京都大学大学院医学研究科器官外科学講座 呼吸器外科 教授 伊達洋至 先生

京都大学大学院
医学研究科
器官外科学講座
呼吸器外科 教授
伊達洋至 先生

神戸市立西神戸医療センター 呼吸器外科 部長 大政 貢 先生

神戸市立西神戸医療センター
呼吸器外科 部長
大政 貢 先生

2017年5月掲載
(審J2006205)

胸腺摘除術後の筋無力症クリーゼの予測因子に関する検討について

― 研究の経緯についてお聞かせいただけますか。

大政先生:
ちょうどこの研究を始めた前後にクリーゼ症例を多く経験したことと、若い医師はクリーゼの経験が少ないため勉強する良い機会と考え、研究テーマとして取り上げました。最終的には神経内科にもフィードバックを行い、今の術前治療法が最適なのかどうか診療科間で互いに話し合うことを目的としました。

― 論文内容について解説していただけますか?

大政先生:
本研究はMG患者における胸腺摘出後の筋無力症クリーゼの予測因子を検討しています。試験概要は以下の通りです。

<論文概要>

MG 患者における胸腺摘出後の筋無力症クリーゼの予測因子に関する検討
Predictive factors of myasthenic crisis
after extended thymectomy for patients with myasthenia gravis

対象:2000~2013年の間に京都大学にて拡大胸腺摘除術を施行したMG患者55例(男性25例、女性30例、平均51歳)の臨床データを用い、術後経過と術前-、術後-の筋無力症クリーゼの予測因子をレトロスペクティブに解析した。

結果:MGFA分類はそれぞれClassⅠ:24例、ClassⅡ:22例、ClassⅢ:8例、ClassⅣ:1例であった。10例(18.2%)は術後筋無力症クリーゼを発症した。そのうち6例は24時間の長期挿管を要し、4例は喚気補助を要した。全患者は術後5.6(2-26)日後に人工呼吸器を外され、退院した。
単変量解析にて術前の抗AChR抗体価の高値(p=0.009)、筋無力症クリーゼの既往歴(p=0.0004)及び術前の薬物療法による不安定なMG状態(p=0.003)が関連因子として示された。
多変量ロジスティック回帰分析により筋無力症クリーゼの既往歴(オッズ比;11.84、95%信頼区間1.05-372;p=0.045)及び不安定なMG状態(オッズ比;29.45、95%信頼区間2.00-1063;p=0.013)が術後筋無力症クリーゼの独立した関連因子として示された。術後反応率は2群間に差は認められなかった(術後筋無力症クリーゼあり;66.7%、なし;85.4%;p=0.334)

結論:術後筋無力症クリーゼは術前の不安定なMG状態あるいは筋無力症クリーゼの既往歴のある患者で発症する可能性が高い。これらの患者に対しては、術前の適正な薬物療法及び周術期の適切な管理を施すことが必要である。

(Ando T et al.: Eur J Cardiothorac Surg 48 : 705-709, 2015.)

論文中のunstable MG(不安定なMG状態)とは非常に曖昧な表現です。今回、我々は内科的治療開始後に筋力低下や疲労感により日常生活を制限するような症状の変動を来す例や、治療前に比べて症状の悪化を示す例をunstable MGと定義しました。術前の呼吸機能が悪い、クリーゼの既往歴があるという因子は必然的にクリーゼが起こり得る状況が示唆されます。ただ不安定なMG状態は術前のコントロールで改善できる可能性があります。IVIgあるいは血漿交換など選択肢は多々ありますが、いずれにしても安定したMG状態で手術を行う方が良いというのがこの論文の結論です。

伊達先生:
不安定なMG状態で手術すると良くない、逆にいえば、MG状態を安定させればクリーゼ発症のリスクが低減する可能性があることも意味しています。もう1点は筋無力症クリーゼの既往歴のある方はリスクが高いということです。高リスクの方でも手術をせざるを得ないことはありますので、より慎重に手術することになります。

― 胸腺腫の腫瘍自体の重症度によってクリーゼを起こしやすいということはありますか。

大政先生:
我々のデータでは術前のMGの重症度や腫瘍自体の重症度とは関連が示されませんでした。例えば腫瘍合併切除や血管再建など長時間に及ぶ手術だとリスクは上昇すると思いますが、今回はそこまでに至る症例はなかったため差が出てこなかったと考えられます。

伊達先生:
胸腺腫合併MGは手術でも完治しにくいといわれていますが、胸腺腫合併MGでクリーゼを発症しやすいかどうかは明確に示されていません。腫瘍の場合は胸腺腫、非胸腺腫いずれも全て摘出するという判断に変わりはありません。今回の対象例のうち約20例は胸腺腫合併例でしたが、クリーゼの発症頻度は変わらないことが示されています。今後症例数が増えれば群間で差が出てくる可能性はあります。

― 神経内科の先生方と論文について話し合う機会はありましたか。

大政先生 大政先生:
神経内科でも医師によって対応は異なると思いますが、定まった量のステロイドを投与するのではなく、よりMG症状が安定した状態にもっていくことに着目していただいた方が、術後のクリーゼ発症を予防あるいは低減できる可能性が高い、という着眼点について報告しました。後向き研究ですので、術前の薬剤選択についての結論は出ていませんが、血漿交換を術前に行う場合にはカテーテルの挿入が煩雑という点もあり、術前のコントロールとしてはIVIgの方が使いやすいという印象でした。

伊達先生:
実際に論文発表後は各医師が注意深く手術に臨んでいるためか、当科ではクリーゼを一例も発症していません。

― 安定したMG状態までどの程度の期間が必要と考えますか。また神経内科医との連携はいかがでしょうか。

大政先生:
手術日を最初に決めてそこから逆算して安定したMG状態を管理していただきます。術前の管理は神経内科で行われ、手術2~3週間前には安定な状態にしていただいています。状態が不安定な場合は患者さんに術後クリーゼのリスクを十分説明した上で手術を行います。術前のMG症状の安定期間や、不安定な状態に対するIVIgなどどのような治療法が良いかについては、現時点でエビデンスはありません。
日本胸部外科学会の報告2)によると、MGの手術は国内で年間約500件登録されています(図1、表1)。今後は神経内科医と協力して全国規模のデータを集積し、周術期にMG状態の安定を図るために最適な手法は何かを検討していただくことに期待したいです。

伊達先生:
一般的に胸腺腫の手術によるMG症状の完全寛解は2~3割で、7~8割はその後もMGに対する治療が継続されます。我々は術後の継続治療については神経内科の先生方にお願いするということになります。

図1 胸部外科手術数

図1 胸部外科手術数
日本胸部外科学会 2014年学術調査結果
Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery: Gen Thorac Cardiovasc Surg
64 : 665-697, 2016.

表1 疾患別症例数

図1 疾患別症例数
注1) 縦隔腫瘍手術4,685例中37.8%が胸腺腫。
注2) MGに対する胸腺摘除術が495例(うち胸腺腫合併が307例)。
日本胸部外科学会 2014年学術調査結果
Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery: Gen Thorac Cardiovasc Surg
64 : 665-697, 2016.

専門医へのメッセージ

― 呼吸器外科の先生方へメッセージをお願いします。

伊達先生:
手術を丁寧に行うのは当然ですが、術前のMG状態をできる限り安定させるということと、術後に留意することです。クリーゼに関しては完全な発症予測はできないため、術後に急速な呼吸不全に陥る状況が起こり得るということを念頭に置いて患者管理をすることが基本です。仮に筋無力症クリーゼになったとしても、クリーゼからは離脱できるので、気管切開は極力避けることが大切です。

大政先生:
各施設の症例数が少ないために独自の偏った意見になりがちですが、全国規模でデータを集積すれば多くの症例の結果が示されます。日本呼吸器外科学会でもクリーゼ発症リスクの予測因子や術後の奏効率等をまとめて公表ができることを期待しています。

― 神経内科の先生方へメッセージをお願いします。

大政先生 伊達先生 伊達先生:
外科手術は極めて低侵襲に安全に行えるようになっています。適応のある患者さんはできるだけ安定したMG状態でご紹介いただけると医師も患者さんも安心して手術に臨めると思います。

大政先生:
以前は非胸腺腫合併MG患者では胸骨正中切開による拡大胸腺摘除を実施するかどうかためらわれる場合も多々ありました。しかし2016年にMGTX study3)の結果が公表され、成人の非胸腺腫合併MG患者においても胸腺摘除によってQOLの改善及びステロイド量の低減が示されました。術式に関しては胸腔鏡やダビンチ手術の普及で手術はより低侵襲となり、クリーゼ発症のリスクは低くなると想定されます。仮に術後クリーゼを発症したとしても急性期の対応は可能ですので、適応のある患者さんはぜひご紹介ください。

1) Zieliski M et al.: Eur J Cardiothorac Surg 26 : 407-411, 2004.
2) 日本胸部外科学会 2014年学術調査結果
Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery: Gen Thorac Cardiovasc Surg 64 : 665-697, 2016.
3) Wolfe GI et al.: N Engl J Med 375 : 511-522, 2016.

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