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重症筋無力症(MG)

胸腺摘除術の周術期における管理と神経内科との連携

金京都大学大学院医学研究科器官外科学講座 呼吸器外科 教授 伊達洋至 先生

京都大学大学院
医学研究科
器官外科学講座
呼吸器外科 教授
伊達洋至 先生

神戸市立西神戸医療センター 呼吸器外科 部長 大政 貢 先生

神戸市立西神戸医療センター
呼吸器外科 部長
大政 貢 先生

2017年5月掲載
(審J2006205)
― はじめに京都大学呼吸器外科の概要についてお聞かせください。

伊達先生:
当教室は昭和16年に結核研究所の外科部門として発足しました。2016年に75周年を迎え、呼吸器外科単独としては日本で最も歴史のある教室です。当初は結核の外科治療から始まりましたが、近年は肺癌、肺移植が臨床及び研究の中心です。教室員は現在スタッフが9名、医員が4名、大学院生が19名の計32名で、日本で最大規模の教室になります。また、同大学医学部付属病院呼吸器外科の手術症例数は年間約500例で大学病院としてはトップクラスの手術症例数に相当します。

― 伊達先生の研究テーマについてお聞かせください。

伊達先生:
岡山大学に在籍中からライフワークとして肺移植研究を行っています。1998年に日本で肺移植の第1例が成功しましたが、岡山大学時代にその手術を執刀しました。2007年に京都大学に赴任してから現在まで159例の肺移植を行い、中でも整形外科医と連携して3Dプリンターで立体模型を作製し、世界初の反転生体肺移植に成功したことは色々な意味で可能性が拡がる手術であったと思います。既に10例ほど同じ術式で生体肺移植を行い、いずれも術後の経過は順調です。

― 次に西神戸医療センター呼吸器外科の概要についてお聞かせいただけますか。

大政先生:
当センターは神戸市西区にある神戸西地域の基幹病院で、1994年に青木稔前部長が開設しました。当科の手術症例数は全身麻酔が年間250~260例で、その主な疾患は肺癌が90~100例、縦隔腫瘍が10数例、胸腺腫等々が約5~10例です。近隣地域で縦隔腫瘍を扱う病院が少ないため、胸腺腫の症例割合が比較的高いのが特徴です。

― 大政先生の研究テーマについてお聞かせください。

大政先生:
以前は肺移植研究をしていましたが、数年前に伊達先生の下で勤務させていただいてからは胸腺上皮性腫瘍研究も行っています。現在は、重症筋無力症(MG)に関する臨床研究も行っています。

胸腺摘除術の術前管理に関して

― 胸腺摘除術の術前管理や神経内科医との連携について解説いただけますか。
大政先生:
術前管理は神経内科医との連携が極めて重要です。神経内科で診断され、手術適応のある患者さんは呼吸器外科に紹介されますが、術前のMGが進行している人、特に球麻痺症状がある人は術後にクリーゼ注) 等を発症しやすいため、術前に症状のコントロールを図っていただく必要があります。当科では手術日を例えば1ヵ月位先に決めて、その間に神経内科で症状をできるだけコントロールしていただき、安定した状態で手術に臨むという過程を経ています。

注)MG患者が呼吸困難をきたして急激に悪化し、呼吸不全に陥り気管内挿管・人工呼吸管理が必要になった状態

伊達先生:
京都大学でも同様に神経内科で術前管理を行い、患者さんの症状が一番安定した状態で手術に臨むのが基本となります。術後の数日間はICUや急性期病棟に入りますので、神経内科医のアドバイスを受けながら患者さんの管理を行い、状態が安定した後、再度神経内科に転科する、そのような診療の流れで行っています。胸腺腫を合併している場合、癌と比較し術後の予後は良いのですが再発する可能性もあり、経過観察が必要です。そのため特に胸腺腫を合併している患者さんは呼吸器外科でも術後の管理を継続するようにしています。

― 手術までの期間は患者さんによって異なりますか?

大政先生:
患者さんのMGの重症度と胸腺腫の進行度によって異なります。MG単独の場合は薬物療法で症状を安定させてから手術に臨むため2~4週間必要になります。ただし胸腺腫が進行していればそれよりも早目に手術を行うこともあります。

― 術前のステロイドの投与量は決まっているのでしょうか。

伊達先生:
術前のステロイドの使用に関しては、十分なエビデンスはありませんが、2004年にZieliskiら1)は、1973~2002年の620例の胸骨切開による胸腺摘除術を検討し、術前ステロイド使用群の方が、MGの重症度が高かったにも関わらず、非ステロイド群より全ての合併症や創の合併症が低かったことを示し、術前のステロイド使用が創傷治癒や合併症の発生に悪影響を及ぼさないことを報告しています。また、同じ報告の中で、ステロイドの量に関して、低用量群(<1mg/kg/day)の術後合併症は、高用量群に比べ有意に低いことを示しています(低用量群 vs 高用量群 : 3.4% vs 35.7%, p=0.0001, the χ2-test and the Student t-test or the Mann–Whitney test)。
上記のような報告がありますが、現在、京都大学では、患者さんの症状のコントロールが可能な必要最小限のステロイドの量を神経内科医の方で調整しており、特に術直前の投与量を決めておりません。患者さんによっては1mg/kg/dayに達することもあります。また、ステロイドを投与せずにコリンエステラーゼ阻害剤単独でコントロールし、手術に臨む方もいます。
なお、以前はステロイド大量療法を行った後に手術を行っていましたが、胸骨正中切開でも感染症などの問題もなく完治していましたので、ステロイドの量により術式を決めるということもないと思います。

― 術前の治療について、教えてください。

大政先生:
術前のMG管理に関しては、神経内科が行っています。ほぼ全例にステロイドが投与されているため、手術に向け必要最小限のステロイド量にするためのステロイド量の調整と、術直前の症状の安定化を図るために免疫グロブリン静注療法(IVIg)や血漿交換療法を行うこともあります。

胸腺摘除術の手術方式に関して

― 胸腺摘除術にはどのような術式がありますか。

伊達洋至 先生 伊達先生:
私自身は岡山大学時代から胸腔鏡手術を行っていましたが、当時京都大学では全例、胸骨正中切開で胸腺摘除を行っていました。私が赴任した2007年からは基本的に胸腔鏡手術を行っています。胸腔鏡手術にも様々な手法がありますが、MGの場合、両側から胸腔鏡を挿入して手術を行います。つまり右側からは胸腺の右側をできるだけ摘出し、今度は左側から胸腺の左側を摘出します。胸腺周囲にある脂肪組織内にもMGの原因となる細胞が存在するといわれていますので、両側からの胸腔鏡の挿入により可能な限り全ての胸腺組織を摘出する手法が最も根治性が高いと考えます。
さらに2011年からはロボット支援手術(ダビンチ手術)を導入し、既にMG患者さんも数例手術を行いました。ダビンチ手術の場合、右側からの胸腔鏡の挿入のみで全ての胸腺組織を摘出可能なため、患者さんにとっては最も侵襲性の低い手術になります。ただし手術を行うには術者にライセンスが必要で、手術は保険適用外(2017年1月現在)のため症例数は限られています。

― 術式によって安全性は変わりますか。

伊達先生:
ダビンチ手術の方が胸腔鏡手術よりMGの寛解率が若干良いのではないかという論文が出始めていますが、いずれも後向き研究でエビデンスの高い論文とはいえず、現時点でどちらが安全かということは明言できません。胸骨正中切開と比較してもそれ程相違はないと思いますが、患者さんの侵襲性を考えると胸腔鏡手術やダビンチ手術の方が低侵襲であり、入院期間も短縮されています。特に若い女性の場合は美容上のメリットも大きいと考えます。

大政先生:
私も以前は胸骨正中切開を行っていましたが、近年は胸腔鏡手術が中心です。ダビンチ手術は保険適用外、またライセンスが必要であり、一般市中病院ではほとんど行われていません。胸腔鏡手術の方が正中切開に比べて圧倒的に患者負担は少ないといえます。

胸腺摘除術の術後管理に関して

― 次に胸腺摘除術の術後管理について解説いただけますか。

伊達先生:
MG合併例の胸腺摘除術後は、一般的に呼吸機能が低下する危険性があります。クリーゼは手術後1日目に発症する確率が高いため、術後1日は集中治療部で管理します。ただ数日後に発症する場合もありますので、一般病棟に移ってからも数日間は注意を要します。

大政先生:
術後のクリーゼを見過ごすと患者さんは急激に呼吸不全になり重篤な状態に陥りますので、特に若い先生方には術前にクリーゼの発症する可能性や対応について教えておく必要があります。

― クリーゼの対処方法について教えてください。

伊達先生:
クリーゼは発症原因によりコリン作動性クリーゼと筋無力症クリーゼの2つに分けられます。コリン作動性クリーゼはコリンエステラーゼ阻害剤の過剰投与で発症しますので、コリンエステラーゼ阻害剤を減量すればすぐに治まります。
一方、筋無力症クリーゼはMG自体の急激な悪化により発症し、MG症状が治まらないと改善しないため時間を要します。クリーゼを起こした場合、集中治療部にて管理を行います。呼吸管理は呼吸器外科が中心で行い、最重症であれば気管内挿管をします。軽症であれば非侵襲性のBIPAP(Bilevel Positive Airway Pressure)という人工呼吸器をつけて対処します。この時、筋無力症クリーゼからは離脱できるので気管切開は極力避けます。さらに、クリーゼの原因の同定とその除去については、神経内科医のアドバイスをもとに行いつつ、ステロイドパルスやIVIg、血漿交換療法で症状の改善を図ります。

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