重症筋無力症の診断
2025年3月掲載 (審J2503374)
重症筋無力症(myasthenia
gravis:MG)は、神経筋接合部のシナプス後膜に存在する分子に対する自己抗体により、神経筋接合部の刺激伝達が阻害されて起こる免疫疾患である。MGの病原性自己抗体としては、アセチルコリン受容体(AChR)抗体、筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体の2種類が知られており、どちらかの抗体が検出されれば診断は比較的容易であるが、陰性の場合には診断が難しくなる。ここでは、MGの診断について紹介する。
2022年版の診療ガイドラインにおけるMGの診断基準
重症筋無力症の診療ガイドラインは日本神経学会によって2014年に作成され、2022年に改訂版となる「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022」1) が公表された。同ガイドラインにおけるMGの診断基準では、症状や病原性自己抗体の有無、神経筋接合部障害、支持的診断所見に基づく判定が示されている。
2022年版のMGの診断基準はA~Dの4項目を設定し、該当の有無からDefiniteまたはProbableと判定する(表1 )1) 。まずは項目Aとして、MGが疑われる症状の有無を確認する。(1)眼瞼下垂、(2)眼球運動障害、(3)顔面筋力低下、(4)構音障害、(5)嚥下障害、(6)咀嚼障害、(7)頸部筋力低下、(8)四肢筋力低下、(9)呼吸障害、のうち1つ以上の症状が認められれば、MGを疑う。
項目Bでは、病原性自己抗体の有無を確認する。Aの項目のうち1つ以上を有し、AChR抗体またはMuSK抗体いずれかが陽性であればDefiniteと判定する。
わが国のMG患者の80~85%がAChR抗体陽性、約5%がMuSK抗体陽性であるが2,3) 、残る約10~15%はいずれも陰性のdouble seronegative
MG(DS-MG)である。
項目Cで挙げられる試験では、神経筋接合部障害の有無を確認する。(1)眼瞼の易疲労性試験、(2)アイスパック試験、(3)エドロホニウム(テンシロン)試験、(4)反復刺激試験、のいずれかにおいて陽性である場合、または(5)単線維筋電図でジッターの増大がみられる場合に、他の疾患と鑑別したうえでDefiniteと判定する。もっとも、検出感度の高い単線維筋電図の普及状況は未だ十分とはいえず、DS-MG症例で神経筋接合部障害の証明ができない症例があった。
2014年版のガイドラインにおけるMGの診断基準(2013年版)では、自己抗体陰性で神経筋接合部障害の証明ができない場合、MGと診断することができず治療機会を逸していたが、2022年版のMG診断基準ではProbable判定を設け、項目Dの支持的診断所見として、血漿浄化療法によって改善を示した病歴があることを追加した。これにより、自己抗体の存在や神経筋接合部障害の証明が十分にできない場合にも、臨床症状があり、他の疾患を除外できればProbableと判定可能になり、治療につなげることができるようになった1,4) 。
表1 重症筋無力症診断基準20221)
(注)Cの各手技については「重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン 2022」を参照
「日本神経学会監修:重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022,p.21,2022,南江堂」より許諾を得て転載.
成人MGの新たなサブタイプ分類
2022年版のガイドラインでは、成人MGの新たなサブタイプ分類が提唱された1) 。この分類では、まずMGを眼筋型(OMG)か全身型(gMG)に分類し、さらに全身型を、発症時期や病原性自己抗体の有無、胸腺腫の有無から5つのサブタイプに分けている(表2 )。
①眼筋型は症状が眼筋に限局されているタイプで、自己抗体の種類や胸腺腫の有無は問わない。全身型では、AChR抗体陽性で非胸腺腫例であり、50歳未満で発症している場合に、②早期発症MG(g-EOMG)、AChR抗体陽性で非胸腺腫例であり、発症が50歳以降であれば③後期発症MG(g-LOMG)に分類される。④胸腺腫関連MG(g-TAMG)は、AChR抗体陽性で胸腺腫を伴う症例で、発症年齢は問わない。全身型でAChR抗体陰性の場合は、MuSK抗体陽性であれば⑤MuSK抗体陽性MG(g-MuSKMG)、MuSK抗体陰性であれば⑥抗体陰性MG(g-SNMG)に分類される。
表2 成人MGのサブタイプ分類1)
日本神経学会監修:重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン2022. 2022, 南江堂, p.20-33.より作成
病原性自己抗体の測定
AChR抗体の測定法には、放射免疫測定(RIA)法、セルベースアッセイ法、AChR-MIR法などがあるが、標準的な測定法はRIA法で、1970年代にはLindstromらがMG患者の血清からAChR抗体を測定した報告がある5) 。現在用いられているRIA法は、小児MGや眼筋型MGで頻度の高い低親和性のAChR抗体やクラスター化したAChR抗体など、一部の抗体を検出することが難しいと考えられており6) 、感度の高い測定法の開発がまたれる。セルベースアッセイ法はRIA法より感度、特異度とも高く、放射性物質を必要としない測定法として開発された7) 。しかしセルベースアッセイ法は定量的な評価が難しく、技術的な複雑さもあり、実施可能な施設は限定的である。AChR-MIR法は、AChRのサブユニットにある主要免疫原性領域(MIR)に対する自己抗体価を検出する測定法である。AChR-MIR抗体価はMGの重症度と正の相関が認められるとする報告もあり8) 、臨床応用が期待されている。
RIA法でAChR抗体が検出されなかった場合、MuSK抗体を測定する。なお、保険診療上で同時検査が認められていないことから、AChR抗体とMuSK抗体の同時測定は行わない。MuSK抗体の測定は血清を用いたRIA法で行われる。MuSK抗体についてもセルベースアッセイ法が開発され9) 、臨床応用に期待が寄せられている10) 。
神経筋接合部障害を評価する検査
眼瞼の易疲労性試験では、患者に上方視を一定時間続けてもらって眼瞼下垂の出現があるか、または増悪するかを確認する。アイスパック試験は、冷凍したアイスパックを眼瞼に押し当て、眼瞼下垂が改善するかを確認する試験である(図1 )1,11) 。エドロホニウム(テンシロン)試験では、エドロホニウムを2.5mgずつ、原液または生理食塩水に希釈して静脈内投与し、MGの症状が改善するかを確認する1,10) 。
図1 アイスパック試験陽性例における試験前後の変化
神経生理学的検査は、神経筋接合部障害の有無を確かめ、他の神経筋疾患を鑑別するうえで有用である。MGの神経生理学的検査として、反復刺激試験、単線維筋電図が用いられる。反復刺激試験は、運動神経に電気刺激を繰り返すことで起こる複合筋活動電位(CMAP)の変化を評価する検査で、鼻筋、僧帽筋、手内在筋などを用いて行う。試験では、3Hzの矩形波を用いて10回連続刺激し、第1刺激におけるCMAPの振幅に対する4~5発目のCMAP振幅を比較する。一般的に10%以上の減衰率が認められれば陽性と判断される1,
12) 。
単線維筋電図は、1本の筋線維に生ずる活動電位(単線維活動電位)を記録する検査で、通常、前頭筋、眼輪筋、総指伸筋を用いて行われる。同一の運動単位に属する2本の筋線維に発生した活動電位を同時に記録し、活動電位のわずかな時間的変動(ジッター)を測定する。MGでは神経筋伝達障害により終板電位が変動するため、活動電位が発生する時間的な変動が大きくなる(ジッター増大、図2 )。ジッター増大が認められた場合、単線維筋電図陽性と判断する1,
12) 。
図2 眼輪筋における単線維筋電図例12)
Aの波形をトリガーにBの波形のジッターを評価したもの。2)MG症例にはジッター増大とブロッキング(↓)を認める。(IPI:interpeak
interval、MCD:mean consecutive difference)
津田笑子ほか:CLINICAL NEUROSCIENCE. 2023;41(11):1437-1441.
画像検査による胸腺・胸腺腫の検査は、診断には必須ではないが、サブタイプの同定に必要となる検査である。一般的にスクリーニング目的での描出にはCTが用いられる13) 。
MGの重症度分類・QOL評価法
MG症状の重症度分類に用いられるMG Foundation of
America(MGFA)分類(表3 )は、現在までに最も重症だったときの状態に基づく分類法である14) 。評価時点で無症状であったとしても、過去にクリーゼで気管内挿管を経験したことがあれば、最重症のClassVに分類される。そのため、MGFA分類は治療の効果判定などの評価に用いることはない15,
16) 。
表3 MGFA分類14)
Jaretzki A 3rd, et al.:Neurology. 2000;55(1):16-23.
MG-ADLスケール(表4 )は、患者自身が記載する指標であり、5分程度の短時間で記入が済むことから、比較的手軽に評価できる重症度スコアとして広く用いられている17) 。患者自身が記入するという性格上、客観性に乏しいことや、点数の重み付けへの配慮が不十分であることが指摘されている15,
16) 。
表4 MG-ADLスケール17)
Wolfe GI, et al.:Neurology. 1999;52(7):1487-1489.より作成
QMGスコア(表5 )は、MG症状の重症度を検査結果に基づき定量的に評価する指標である14) 。臨床症状を客観的に捉えることができる指標であるが、測定に時間や技術を要することから、日常的な臨床評価ではなく研究や臨床試験で用いられることが多い15,
16) 。
表5 QMGスコア14)
Jaretzki A 3rd, et al.:Neurology. 2000;55(1):16-23.
QMGスコアとMG-ADLスケールの欠点を補完するため作成されたのが、MG
compositeスケール(表6 )である。QMGスコア、MG-ADLスケールと、MG向けの徒手筋力テスト(MG-MMT)をもとに作成された半定量的スケールで、特別な装置が必要なく、5分程度の短時間で実施できる16-18) 。
表6 MG compositeスケール18)
Burns TM, et al.:Neurology. 2010;74(18):1434-1440.
MGの治療介入による改善レベルの判定には、MGFA Postintervention
Status(MGFA-PIS)(表7 )を用い、完全寛解(CSR)、薬理学的寛解(PR)、軽微症状(MM)、改善(I)、不変(U)、増悪(W)、再燃(E)またはMG関連死(D
of MG)として評価する14, 15, 19) 。CSR、PR、MMは日常生活に支障がない改善レベルであるため、これらをまとめてMM or
betterとする用語も用いられている。
表7 MGFA Postintervention Status(MGFA-PIS)14)
Jaretzki A 3rd, et al.:Neurology. 2000;55(1):16-23.より一部改変
MG患者のQOL評価においては、MG疾患特異的健康関連QOLスケールであるMG-QOL 15の改訂版MG-QOL 15r20) が発表された15,16) 。国内ではJapan
MG registry study groupによる日本語版(表8 )が使用されている。改訂を経て、質問の表記が患者にとってより回答しやすい表現へと改められた。
表8 MG-QOL 15r-J20)
Burns TM, et al.:Muscle Nerve. 2016;54(6):1015-1022.より作成
鑑別診断と早期診断
g-DSMG例の診断においては、神経筋接合部障害の確認とともに、他疾患の鑑別が必要となる。鑑別疾患としては、ランバート・イートン症候群、ボツリヌス中毒、先天性筋無力症候群、ダニ麻痺症のような神経筋接合部障害を伴う疾患が挙げられる。ギラン・バレー症候群やフィッシャー症候群、咽頭頸部上腕型ギラン・バレー症候群など、頭頚部の筋肉に影響する疾患ではMGに似た症状を呈することがあるが、MGのように脱力感が変動することはない。外眼筋麻痺や眼瞼下垂を特徴とするミトコンドリア脳筋症でもMGに似た症状が生じることがあるが、症状の出現は緩やかであり、脱力感も大きく変動しない。口咽頭の脱力を伴う運動ニューロン疾患でもMGに似た症状がみられる場合があるが、錐体路障害の有無や反復刺激試験・単線維筋電図所見に基づき鑑別する21) 。
欧州の報告22) では、MG患者の3割弱でMGの診断までに1年以上を要しており、診断が1年以上遅れた患者の約7割は、別の疾患と診断されていたという。診断の遅れは、MG症状の重症度や経験する症状、併存疾患やQOLへの影響が懸念されることから、早期に正しく診断し、治療機会の提供に努めたい。
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