はじめに金沢大学血液内科学の特⾊についてお聞かせください。
宮本先⽣: 当教室は1968年に設立された旧第三内科に端を発します。1978年の同種骨髄移植実施例は我が国初の長期生存例であり、日本における骨髄移植のパイオニアとして知られています。2012年に「造血幹細胞移植推進法」が成立したことを背景に、当院では2017年に造血細胞移植センターを設立しました。2020年には、全国で12施設のみ選定されている造血幹細胞移植推進拠点病院として北陸地方で唯一指定されています。そして2021年に造血細胞移植センターを造血・免疫細胞療法センターへ改称し、CAR-T細胞療法を北陸地方で唯一実施しています。このように当教室・当院は、北陸の移植医療推進に貢献すべく、日夜取り組んでいます。
CAR-T細胞療法について
CAR-T細胞療法とはどのような治療でしょうか。
宮本先⽣: CAR-T細胞療法は免疫細胞療法のひとつです。造血器悪性腫瘍の患者さん自身のT細胞を取り出し、遺伝子技術を用いて腫瘍細胞に発現する標的抗原をコードしたCAR遺伝子をT細胞に導入します。遺伝子導入したCAR-T細胞を体外で増殖させ、患者さんのリンパ除去療法を施行後にCAR-T細胞を輸注する治療法です(図1)1)。HLA非拘束性にT細胞が腫瘍を直接認識して治療標的とするため、高い腫瘍特異的治療効果が期待できます。我が国で使用可能なCAR-T製剤は5種類(2023年4月時点)で、このうちCD19を標的としたCAR-T製剤は、主に再発・難治性の小児・若年のB細胞性急性リンパ芽球性白血病(B-ALL)やDLBCLに、B-Cell maturation antigen(BCMA)を標的としたCAR-T製剤は多発性骨髄腫(MM)に使用可能です。
CAR-T細胞療法のエビデンスと位置づけを教えてください。
宮本先⽣:
CAR-T細胞療法のエビデンスには、主に下記の試験があります。
B-ALL(小児・若年の再発・難治例):ELIANA試験2)
DLBCL(3次治療以降):JULIET試験3)、ZUMA-1試験4)、TANSCEND
NHL001試験5)
DLBCL(2次治療):ZUMA-7試験6)、TRANSFORM試験7)
MM(4次治療以降):CARTITUDE試験8, 9)、KarMMa試験10)
こうしたエビデンスを背景に米国のNCCNガイドラインでは、B-ALLやMMに対しては再発・難治例に対する治療選択肢として、またDLBCLでは2次治療又はそれ以降の治療選択肢として位置づけられています11-13)。これまで再発・難治性のB-ALLでは同種造血幹細胞移植が、DLBCLでは自家造血幹細胞移植が選択されることがありましたが、CAR-T細胞療法の登場によって治療選択肢の幅が大きく広がりました。
なお我が国においてCAR-T細胞療法を実施するにあたっては、厚生労働省が作成した各CAR-T製剤の「最適使用推進ガイドライン」を参考に、適正使用に努める必要があります。
CAR-T細胞療法・造⾎幹細胞移植の合併症について
CAR-T細胞療法や造血幹細胞移植に特徴的な合併症とその管理について教えてください。
宮本先⽣:
CAR-T細胞療法に特徴的な合併症のひとつは、サイトカイン放出症候群(CRS)です。CRSは、CAR-T細胞が腫瘍細胞から刺激を受けることでCAR-T細胞自身を含む免疫細胞から大量のサイトカインが放出されて生じる全身性の炎症です。CAR-T細胞輸注後2週間以内14)に発現することが多く、発熱や悪寒、筋肉痛、倦怠感、頭痛、食欲不振、血圧低下、頻脈、呼吸困難といった臨床症状や、心不全・腎不全・肝障害などの臓器障害を生じます。これらは基本的に一過性ですがICUでの管理を要することがあるだけでなく、CRSが感染症のリスク因子であることも示されているため15)、注意が必要です。もうひとつの特徴的な合併症はimmune
effector cell-associated neurotoxicity
syndrome(ICANS)と呼ばれる神経毒性です。CAR-T細胞輸注後3~5日14)程度で発症し、脳症(傾眠、認知障害など)、痙攣、せん妄(幻覚、幻視など)、頭痛、振戦など多彩な症状が現れます。
CRSやICANSの重症度分類については米国移植細胞治療学会(ASTCT)のガイドライン16)が、管理全般については欧州移植学会/欧州血液学会(EBMT/EHA)14)の推奨が参考になるので、各CAR-T製剤の最適使用推進ガイドラインに記載されているCRS管理アルゴリズムをベースに、これら海外学会の見解をご参照頂きたいと思います。
造血幹細胞移植の合併症は骨髄抑制による血球減少や臓器障害など様々ですが、なかでも同種造血幹細胞移植の際に生じる移植片対宿主病(GVHD)が特徴的です。GVHDはドナー由来のリンパ球が患者さんの正常組織を異物と認識し障害することで生じます。GVHDの管理については、日本造血・免疫細胞療法学会が作成したガイドライン17)をご参照頂きたいと思います。
日本造血・免疫細胞療法学会が作成した「造血細胞移植ガイドライン 造血細胞移植後の感染管理 第4版」18)についてポイントを教えてください。
宮本先⽣:
前処置は皮膚・粘膜バリア機能の破壊(移植後早期のみ)や好中球減少をもたらす結果、細菌やウイルス、真菌の感染症を生じます。免疫細胞の種類によって移植後の回復過程が異なるため、時期によって問題になる感染症が変化します19)。例えば細菌感染症は移植後早期(移植後30日以内)に問題となりますが、肺炎球菌や帯状疱疹ウイルスの感染症は移植後後期(移植後100日以上)に問題となります。
感染対策として、防護環境の管理から患者・面会者の教育、医療従事者の管理、血管内留置カテーテルの管理、食事まで幅広い取り組みが必要です。「造血細胞移植ガイドライン 造血細胞移植後の感染管理
第4版」18)は、我が国のエビデンスが組み入れられて実状に即した内容になっているので、まずは本ガイドラインに準じるとよいでしょう。細菌感染症に対する薬物治療は、予防又は治療を目的とした抗菌薬やG-CSFの投与、免疫グロブリン補充療法(IgRT:immunoglobulin
replacement
therapy)があります。抗菌薬は耐性菌増加の観点から無条件の予防的投与は勧められませんが、発熱性好中球減少症が疑われるときなどは迷わず投与開始する必要があります。G-CSFやIgRTは患者さんの状態に応じて使用を考慮する必要があります(IgRTについては後述参照)。
CAR-T細胞療法後の感染管理はどのようにされていますか。
宮本先⽣:
CAR-T細胞療法の一般的な経過を図2に示します。CAR-T細胞輸注後の感染症は生存率を低下させることが示されており20)、その対策は重要です。感染症の背景には、大きく遷延性血球減少と低ガンマグロブリン血症がありますが、ここでは遷延性血球減少について紹介します。
CD19を標的とするCAR-T細胞療法後の血球減少は比較的遷延しやすいですが、BCMAを標的とするCAR-T細胞療法では顕著ではないとされ、標的によって若干相違がみられます14)。また造血幹細胞移植後の感染症と同様に、CAR-T細胞療法後に問題となりやすい感染症は時期によって変化しますが、肺炎球菌など莢膜細菌の感染症はCAR-T細胞輸注後30日以内に生じやすいなど、造血幹細胞移植後の感染症との相違点もあります15,
19)。感染対策として、ウイルスや真菌などの感染症に対しては、予防的な治療薬の投与が推奨されます21)。一方で細菌感染症に対しては、治療的な抗菌薬の投与が行われます。このほか、インフルエンザや肺炎球菌(最近はCOVID-19も)予防のためのワクチン接種も重要です。CAR-T細胞療法後の免疫再構築が十分でない状態では、ワクチンによる免疫賦活が十分得られない懸念もありますが、感染予防と予後改善に貢献しうるとして推奨されます14,
15, 22)。
低ガンマグロブリン血症について教えてください。
宮本先⽣:
「低ガンマグロブリン血症」は、免疫不全症のひとつである抗体欠乏症に含まれる病態です23)。抗体欠乏症は、先天的な遺伝的要因による「一次性抗体欠乏症」と、基礎疾患や薬物・治療による「二次性抗体欠乏症」に分けられます。二次性抗体欠乏症の基礎疾患には慢性リンパ性白血病や悪性リンパ腫、MMといった血液悪性腫瘍などがあり、治療・薬剤にはCAR-T細胞療法を含むB細胞を標的としたものや、造血幹細胞移植や臓器移植などがあります23)。
現在使用可能なCAR-T細胞療法の標的であるCD19やBCMAは腫瘍細胞以外の正常組織でも多少発現しているため、正常なB細胞や形質細胞を攻撃してしまいます(on-target
off-tumor反応)。これによりB細胞や形質細胞が消失・枯渇すると、免疫グロブリン量が著しく低下した「低ガンマグロブリン血症」を来します18)。CAR-T細胞療法による低ガンマグロブリン血症は比較的長期にわたり、場合によっては年単位で持続することもあります24)。
低ガンマグロブリン血症の治療戦略には、①IgRT、②ワクチン接種、③抗菌薬の予防投与が挙げられます22)。EBMT/EHAの推奨によると、小児へのCAR-T細胞療法ではIgRTのルーティーンな実施が必要ですが、一方成人へのCAR-T細胞療法では重度又は再発・慢性の低ガンマグロブリン血症(血清IgG量≦400mg/dL)の際にIgRTを行うのが一般的とされています14)。また、HillらはCAR-T細胞療法前後の血清IgG量に応じたIgRTの適応に関する推奨をまとめています(表1)15,
25)。ただしこれらの推奨は、IgRTの原発性免疫不全患者さんにおける重症細菌感染症予防に関するエビデンスに基づいているため23)、CAR-T細胞療法による低ガンマグロブリン血症に対するIgRTの有用性やその使用法については、さらなる検討が必要です。IgRTにより血清IgG量≧400mg/dL(小児では年齢に応じた正常範囲内)の維持を目指し、目標値到達後は血清IgG量を3ヵ月ごとに測定して機能的なB細胞の回復が得られたら投与中止を検討するとされています14)。実際の臨床では、感染症を繰り返す症例においては4〜8週毎にIgG値を測定し、400mg/dL未満の症例ではIgRTを考慮しています。
※投与に当たっては添付文書の記載内容をご確認下さい
CAR-T細胞療法の実際とこれから
北陸地方を含め、CAR-T細胞療法を実施するためには施設間の連携が重要となる地域があります。
北陸地方で唯一CAR-T細胞療法を実施している貴施設の地域連携の取り組みについて教えてください。
宮本先⽣: 北陸地区では大都市圏に比べて血液内科を専門とした大規模病院が多くありません。そのなかで金沢大学病院は、免疫細胞療法・CAR-T細胞療法など最新の治療や新規薬剤の治験などを積極的に導入して、北陸地区の患者さんが大都市圏と同じ治療を受けられるよう基盤整備を進める必要があります。発端として、当教室関連病院15施設からなる北陸血液研究グループを発足しました。治療プロトコールの均てん化、最新の治療法・診断法の情報共有、多施設共同臨床研究の実施などを目指し、毎週WEBカンファレンスや定期講演会を開催しています。リアルタイムでの情報共有や患者さん紹介により、日常診療に施設間格差が生じない、どこの病院の患者さんにも最先端の治療が提供できる環境作りを目指しています。
今後のCAR-T細胞療法の展望と課題について教えてください。
宮本先⽣: 2023年4月時点で計5種類のCAR-T製剤が使用可能です。複数のCAR-T製剤の登場で、より多くの患者さんに、より適したCAR-T細胞療法を行うことができるようになります。さらに現在は複数ライン治療後での再発・難治例でしか治療適応にならないのが、今後は早期ライン治療後や初発治療からの使用へと拡大されることが期待されます。より早期の段階にてCAR-T細胞療法を導入することで、副作用の高い抗がん剤治療を省略し治療成績を向上させ、患者さんのQOLや社会復帰を促進させることが可能になると期待しています。しかしながら、CAR-T細胞療法にも副作用があり、そのなかでも持続する低ガンマグロブリン血症による感染症発症など、克服すべき課題もあります。IgRTなど適切な感染マネジメントにも習熟する必要があります。
最後に、CAR-T細胞療法を実施していない施設の先生方へのメッセージをお願いします。
宮本先⽣: CAR-T細胞療法の適応となり得る症例を早めに抽出して頂くことや、CAR-T細胞製造のためのリンパ球採取時期を含め、CAR-T細胞療法施行の至適タイミングをCAR-T実施施設と調整して頂きたいと思います。また初回治療にて既に難反応性が予想される症例等では、サルベージ療法の内容や施行時期に関してCAR-T実施施設とコミュニュケーションをとりながら決定することもまた重要です。
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※本邦における献血ヴェノグロブリンIH5%、10%製剤の用法・用量
【用法・用量】
・低並びに無ガンマグロブリン血症:
通常,1回人免疫グロブリンGとして200~600mg/kg体重を3~4週間隔で点滴静注又は直接静注する.患者の状態によって適宜増減する.
〈用法・用量に関連する使用上の注意〉
(3)低並びに無ガンマグロブリン血症の用法・用量は,血清IgGトラフ値を参考に,基礎疾患や感染症などの臨床症状に応じて,投与量,投与間隔を調節する必要があることを考慮すること.