敗血症/DIC診療に役立つグリコカリックス!~グリコカリックスからみた治療を考える~
全身性の炎症が引き起こした血管内皮障害の結果、アルブミンや液体成分が間質へと漏出するが、この現象は毛細血管内皮表面を覆っている構造物「グリコカリックス」の剥離によって生じると考えられている。グリコカリックスは多様な生理的役割を有しているだけでなく、敗血症などの重症急性疾患における間接的なバイオマーカーとしての可能性も報告されている。この講演会では岡田英志先生をお招きし、2回にわたってグリコカリックスについてご解説いただいた。
第1回|2021年6月16日
グリコカリックスって何ですか?~‘AT’ the Bench~
特別講演:岡田 英志 先生(岐阜大学大学院医学系研究科救急・災害医学分野 准教授)
血管内皮細胞の表面を覆う、糖蛋白質や多糖類でできた構造物「グリコカリックス」
ヒトの毛細血管の直径は約5~20μmなのに対して赤血球は直径7μm前後であり、毛細血管の細い部分では、赤血球は変形しながらなんとかすり抜ける。この場合、摩擦によって赤血球が通過しづらくなりそうだが、正常な血管内皮細胞の表面は“魚の表面のようにぬるぬるしたもの”で覆われており、通過を助けている。この血管内皮細胞の表面を覆うものがグリコカリックスという層状の構造物である。
グリコカリックスは複合体であり、血管内皮細胞を貫通して木の幹のように立つ「コア蛋白」のほか、枝に相当するグリコサミノグリカン(ヘパラン硫酸など)、葉のように木の幹と直接結合せずに構造物をつなぐ、ヒアルロン酸などの糖鎖から構成される(図1(A))。
図1 グリコカリックスの構造
Okada H, et al. Microcirculation.2021;28(3):e12654.
血栓形成の抑制や血管透過性調節など、多岐にわたる生理的役割
グリコカリックスの生理的役割は、微小血管のトーヌスや血管透過性の調節など多岐にわたる。構成成分の一つグリコサミノグリカンは陰性に荷電しており、同様に陰性に荷電しているアルブミンを血管壁から遠ざけて血管内にとどめるよう調節し、浸透圧較差を保つ。また、白血球の血管壁への接着を阻害して炎症の調整をしたり、血小板の接着の阻害などによって血栓形成を抑制したりしている。なおアンチトロンビン(AT)は、グリコカリックスの構成成分のヘパラン硫酸と結合して抗血栓性維持に寄与している。グリコカリックスは化学物質などによる内皮障害を保護することで、正常な血流を維持する働きも有する。
毛細血管の構造は臓器によって大きく異なり、連続型、有窓型、洞様型に分類できる。連続型は、心臓や肺、脳、骨格筋、神経でみられる最も一般的な毛細血管で、内皮細胞同士がきっちりかみ合っている。有窓型は腎臓などに多くみられ、内皮細胞の細胞膜に一定間隔で規則正しく小孔が開いている。洞様型は肝臓や脾臓、骨髄でみられ、内皮細胞同士はゆるく結合しており、細胞間隙を認める。このように毛細血管の構造は臓器によって異なるため、グリコカリックスの形態も毛細血管の構造に応じて違ってくる。
硝酸ランタンでグリコカリックスを電子染色して形態を描出すると、連続型に分類される心臓の毛細血管内皮では、苔状またはブロッコリー状のグリコカリックスが血管内皮全体を覆っているのが観察される(図2-中央)。同じ連続型である肺や脳の毛細血管でも、血管内皮全体をグリコカリックスが覆っている点は共通しているが、グリコカリックスの厚さは、それぞれで大きく異なる。肺では心臓に比べて非常に薄いが(図2-左)、脳では非常に厚い(図2-右)。
腎臓の糸球体にみられる有窓型の毛細血管では、小孔をふさぐようにグリコカリックスが存在する。小孔の直径は約65nmであり、7~8nmのアルブミンは小孔を容易に通過するはずだが、実際には通過できない。これは陰性に荷電したグリコカリックスが小孔を覆うように存在しているほか、タコ足細胞表面もグリコカリックスで覆われていることで小孔が狭くなり、アルブミンや大分子が通過できない構造になるためである。一方、肝臓で認められる洞様型毛細血管では、グリコカリックスは小孔をふさがない状態で存在する。腎臓では、必要な物質が毛細血管外に出ないようにグリコカリックスが小孔をふさぐように存在しており、肝臓では物質の交換をしやすいように小孔をふさいでいないのではないかと考えられている。
図2 臓器によって異なる、血管内皮グリコカリックス(マウス)
Ando Y, et al. Sci Rep.2018;8(1):17523.
血管内皮グリコカリックスを障害する病態とは
血管内皮グリコカリックスは様々な病態によって障害される。敗血症に代表される炎症、虚血再灌流障害、過剰輸液などに起因する体液量過剰、高侵襲手術、多発外傷・重症熱傷といった急性のストレス状況によって障害を受けるだけでなく、高血糖や糖尿病、高コレステロール血症のような慢性的ストレスによっても障害される。血管内皮グリコカリックスは障害されると内皮から脱落して(図1-(B))、前述の生理的役割を果たせなくなる。そのため、アルブミンや血液成分を含む体液が血管内から間質へ漏出・貯留するほか、血管トーヌスの低下、凝固活性の亢進、微小血栓の形成などが生じる1)。
マウスにリポ多糖(LPS)を腹腔内投与して血管炎を誘発した血管炎モデルを作製してグリコカリックスを観察したところ2)3)、腎臓の有窓型毛細血管や肝臓の洞様型毛細血管ではグリコカリックスは内皮から剥がれて内皮表面が露出し、内皮表面の小孔の閉塞も確認された。連続型毛細血管においては、肺および心臓と、グリコカリックスの厚い脳とでLPS投与後のグリコカリックスの変化に違いがみられた。LPS投与後に、グリコカリックスは、肺や心臓では完全に脱落していたが、脳ではグリコカリックスは薄くなるものの内皮表面に残っており、障害を受けづらいことが確認された。
コメンテータ
江木 盛時 先生
(神戸大学大学院医学研究科 外科系講座 麻酔科学分野 准教授)
「血管内皮障害」は頻繁に使われる言葉ですが、視覚的なイメージはもちづらいものです。今回、岡田先生に毛細血管のグリコカリックスについて、その形態を実際に写真で示しながらご解説いただいたことで、障害された血管内の状態をはっきりと思い浮かべることができたのではないでしょうか。
グリコカリックスは多岐にわたる生理的役割を有しているため、障害されて役割を全うできなくなると凝固活性の亢進や微小血栓形成の促進などが生じてしまうとのことから、「グリコカリックスの障害」を疾患のバイオマーカーとして活用できるのかが、実臨床の視点では気になるところです。そこで次回は、グリコカリックスのバイオマーカーとしての活用やその保護についてお話しくださるとのことで楽しみにしています。
第2回|2021年7月15日
グリコカリックスを‘使う’~Bench to Bedside, Bedside to Bench~
特別講演:岡田 英志 先生(岐阜大学大学院医学系研究科救急・災害医学分野 准教授)
血管内皮障害のバイオマーカーとしてのグリコカリックス
血管内皮グリコカリックスを障害する病態は多岐にわたる。ではグリコカリックスを、敗血性などの重症患者の血管内皮障害のバイオマーカーとして活用できないだろうか。グリコカリックスは複合体であり、その構成成分を測定すればグリコカリックスの障害を間接的に推定することが可能である(図3)。それによる早期診断や病勢判断などの可能性について、糖尿病などの血管変性を引き起こす慢性疾患で検討されてきた。現在では、血管内皮障害を生じる敗血症といった重症急性疾患における間接的なバイオマーカーとしての有用性も報告されている。
図3 重症患者における血管内皮障害のバイオマーカーとしてのグリコカリックス
岡田 英志 先生ご提供
構成成分の一つシンデカンの、グリコカリックスの障害マーカーとしての有用性
グリコカリックスが障害されて血管内皮から剥がれると、グリコカリックスの成分が遊離し残渣として血中に存在するようになる。この残渣の濃度でグリコカリックスの障害の程度を推定できる。シンデカン(SDC)-1はグリコカリックスのコア蛋白であり、グリコカリックスの障害マーカーとしての有用性については様々な検討がなされている。例えば「敗血症患者のうち死亡例や急性腎障害症例で血清SDC-1濃度が高値を示した4)」「重症敗血症患者で、SDC-1の濃度の上昇が過凝固状態を反映した5)」「敗血症性ショック患者のSDC-1濃度を測定したところ、SOFA(SequentialOrgan
Failure Assessment) scoreとの関連が認められた6)」という報告がある。
われわれは「血清SDC-1濃度を測定して間接的に血管内皮障害を評価することで、早期の臓器障害を捕捉することができないか?」をクリニカルクエスチョンとして、岐阜大学病院救命救急センターに入室した患者から得た831検体の血清SDC-1濃度を測定し、この濃度が測定翌日の各臓器に及ぼす影響について検討した7)。その結果、SDC-1濃度が高いと、AST、ALT、クレアチニン、BUNなどの検査値も高かった。またSDC-1濃度が高い場合、翌日のATⅢ(アンチトロンビンⅢ)は低く、輸液量は多かった。なお、輸液量の増加は血管透過性の亢進によるものと考えられた。これらの結果から、SDC-1は血管内皮損傷に加えて、肝臓、腎臓、凝固系の障害を早期に捕捉するバイオマーカーになり得ることが示唆された7)。
糖尿病とグリコカリックス
糖尿病は、グリコカリックスを障害する慢性的ストレスに起因するが、健康診断受診者においてHbA1cが上昇してもSDC-1濃度は上昇しなかった8)。この理由を調べるために、2型糖尿病マウスを用いた研究を行った9)。グリコカリックスの形態を観察したところ、対照の野生型マウスでは苔状であったが、糖尿病マウスでは非常に薄かった。しかし血清SDC-1濃度を測定すると、両者間に差はなかった。そこでレクチン染色にて、グリコカリックスを赤色で標識して輝度を比べたところ、糖尿病マウスでは対照マウスよりも輝度が低く、障害が確認された。つまり糖尿病マウスでは、グリコカリックスが障害されているのに血清SDC-1濃度が低下しない状態であった。さらにリアルタイムPCRでグリコカリックスに関連する成分の量をみたところ、SDC-1の量は両者間で差がなかったが、コンドロイチン硫酸およびヘパラン硫酸の合成酵素や、プロテオグリカンのバーシカンの合成量は、糖尿病マウスでは対照マウスより少なかった。糖尿病マウスの血管内皮は、グリコカリックスの“木の幹”に相当するSDC-1だけが残り“枯れ木の森”の状態だと考えられた。
この状態では血球や血小板が内皮に接着しやすく炎症が生じやすいと推測し、糖尿病マウスおよび対照マウスにLPS(リポ多糖)を投与して炎症を誘発し、肺血管内皮細胞を観察した。LPS投与前、対照マウスではグリコカリックスが苔状に内皮を覆っていたが(図4
-
(B)左端)、糖尿病マウスでは細かいグリコカリックスは既に脱落して大きいものしか残っていなかった(図4-(B)左から2つ目)。LPS投与後、糖尿病マウスではグリコカリックスはほとんど脱落していた(図4
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(B)右端)。炎症細胞の量の経時的な変化もみたところ、糖尿病マウスでは炎症細胞の遊走が遅延して炎症が遷延すると考えられた。糖尿病マウスでは、炎症によってグリコカリックスがほぼ剥離するために、炎症が激化するのではないかと推測し得た。
図4 走査型電子顕微鏡で観察した肺血管内皮細胞(糖尿病マウス)
Sampei S, et al. Front Cell Dev Biol.2021;9:623582.
抗凝固作用をもつアンチトロンビン(AT)製剤※
抗凝固作用を有するアンチトロンビン(AT)製剤は播種性血管内凝固症候群(DIC)治療にて広く使用されている。ATは単独でも凝固因子を阻害するが、ヘパリンと結合すると抗凝固活性が増強される。グリコカリックス構成成分のヘパラン硫酸はヘパリン様物質であり、ATはヘパラン硫酸と結合することで血管内皮細胞の抗血栓性の維持に寄与している。
一方で、ATは抗炎症作用も有しており、AT10)11)や、同じくDICに対する抗凝固療法で用いられるリコンビナント
トロンボモジュリン12)では、マウスにおいてグリコカリックスの保護作用が報告されている。しかし、臨床的なエビデンスは十分ではない。
そこで、LPSによって血管炎を誘発したマウスにリコンビナントアンチトロンビン製剤(rAT)を投与して、肺毛細血管内皮を観察したところ、LPS投与後に生理食塩水を投与したマウスでは、グリコカリックスがところどころにしか存在せず内皮が露出しており(図5-(H、K))、好中球や血小板が接着しやすい状態であった。しかし、LPS投与後にrATを投与したマウスでは、グリコカリックスは薄くなってはいるものの連続性は保たれていた(図5-(I、L))。本研究では、実験的に作製したマウスの血管内皮グリコカリックス障害がrAT投与により抑制された。この結果から、rAT投与による血管内皮グリコカリックス保護作用の可能性が示唆された。ほかにも、グリコカリックスを保護し得ると報告されている薬剤はあるが、いずれも実用可能ではない。例えばコルチコステロイドは炎症による血管内皮の損傷を軽減するが、二次的な感染の可能性を高める13)。抗酸化療法14)や好中球エラスターゼ阻害薬15)16)にもグリコカリックス保護作用が認められるが、エビデンスは不十分である。今後もさらなる研究が必要である。
※ 一般社団法人 日本血液製剤機構(JB)が取り扱っているアンチトロンビン製剤
ノイアート®の【効能・効果】
○先天性アンチトロンビンⅢ欠乏に基づく血栓形成傾向
○アンチトロンビンⅢ低下を伴う汎発性血管内凝固症候群(DIC)
アコアラン®静注用の【効能又は効果】
○先天性アンチトロンビン欠乏に基づく血栓形成傾向
○アンチトロンビン低下を伴う播種性血管内凝固症候群(DIC)
参考情報図5 リコンビナント アンチトロンビン製剤の透過型電子顕微鏡で観察した肺毛細血管内皮表面構造(マウス)に対する影響
コメンテータ
小倉 裕司 先生(大阪大学医学部附属病院 高度救命救急センター 准教授)
臨床の現場でグリコカリックスをどう捉え、将来的に治療にどう生かしていくのかという視点で素晴らしいお話をいただきました。グリコカリックスのバイオマーカーとしての可能性は、近年国内外で報告されているとのことで、今後のさらなる研究が待たれます。また、グリコカリックスの脱落・血管内皮の障害による血漿成分の漏出に対しては、動物モデルにおいて、DICの抗凝固療法で用いられるATなどの薬剤が抑制効果を発揮する可能性が示唆されました。今後、例えば血管内皮の前駆細胞や骨髄中の幹細胞、iPS細胞の活用などもグリコカリックスの保護や修復との関連で興味深いです。グリコカリックスの保護・修復によって血管内皮の状態を整えていくことが治療手段として可能になれば、「急性期医療は大きく変わる」と期待しています。夢のある貴重なご講演を有難うございました。
文献
- Chelazzi C, et al. Crit Care.2015;19(1):26.
- Okada H, et al. Crit Care.2017;21(1):261.
- Inagawa R, et al. Chest.2018;154(2):317-325.
- Puskarich MA, et al. J Crit Care.2016;36:125-129.
- Ostrowski SR, et al. Crit Care.2015;19(1):191
- Nelson A, et al. Shock.2008;30(6):623-627.
- Suzuki K, et al. Sci Rep.2021;11(1):8864.
- Oda K, et al. J Clin Med.2019;8(9):1320.
- Sampei S, et al. Front Cell Dev Biol.2021;9:623582.
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- Fukuta K, et al. Shock.2020;54(3):386-393.