ギラン・バレー症候群の自己抗体
近畿大学医学部神経内科 講師
桑原 基 先生
(審J2006210)
近畿大学医学部神経内科 講師
桑原 基 先生
―自己抗体の種類と病態について教えていただけますか。
桑原先生:
代表的な自己抗体について表1に示します。
これらの自己抗体はGBSの発症に密接に関わっており、GBSで検出される自己抗体とその抗原の局在、臨床病型には相関がみられます。特に抗GM1 IgG抗体と抗GQ1b IgG抗体はGBSやFSでの検出率が高く、疾患特異性も高いため、抗体検査は保険適用となっています。
①抗GM1抗体
GM1は代表的なガングリオシドで神経組織に広汎に存在し、特に脊髄運動神経のランヴィエ絞輪軸索膜における局在が推定されています9)。純粋運動型との相関が認められ、GBSの急性運動軸索障害型(acute motor axonal neuropathy : AMAN)との関連が報告されています8,10)。抗GM1抗体陽性GBSではC.jejuniによる先行感染が多く、その菌体外膜を構成するリポオリゴ糖の末端配列がGM1などのガングリオシドと類似構造を有することが証明されており11)、分子相同性機序の裏付けとなっています。GM1を感作させた動物モデルで抗GM1抗体が上昇し、急性四肢麻痺を呈することが報告されており12)、現状では最も解析が進んでいる自己抗体です。
②抗GQ1b抗体
抗GQ1b抗体は、GBSの亜型である外眼筋麻痺、運動失調、腱反射消失を三微とするFSの80~90%13,14)で陽性となる高感度の抗体です。外眼筋を支配する脳神経(動眼神経、滑車神経、外転神経)の傍絞輪部ミエリンにおける局在が示されており13)、特に外眼筋麻痺と強い相関があります。
③抗GM1b抗体、抗GD1a抗体、抗GalNAc-GD1a抗体
いずれもAMANとの関連性が報告されており15-18)、多くの場合、C.jejuniによる先行感染がみられ四肢遠位優位の筋力低下を呈します。電気生理学的には軸索障害が主体となるなど、類似点が多い抗体です。これらは同時に検出されることがしばしばあります。
④抗LM1抗体、抗Gal-C抗体
LM1及びGal-Cは共にミエリンに豊富に局在する糖脂質で、これらに対する抗体は脱髄型の急性炎症性脱髄性多発根神経炎(acute inflammatory demyelinating polyneuropathy : AIDP)で検出されることがあります19-21)。また、抗Gal-C抗体陽性例ではMycoplasma pneumoniae(M. pneumoniae)が先行感染であることが多く、Gal-CとM. pneumoniaeの分子相同性が報告されています22,23)。
⑤抗GD1b抗体
GD1bは傍絞輪部ミエリンや後根神経節の大型細胞に局在しており24)、GD1bに特異的な抗体は感覚性運動失調との関連性が報告されています25)。GD1bを感作させた動物モデルでは抗GD1b抗体が産生され、感覚性運動失調性ニューロパチーを呈しますが26)、その神経障害機序の1つとして後根神経節大型細胞のアポトーシスが報告されています27)。
表1 GBSにおける抗糖脂質抗体と臨床的特徴
現在、軸索障害型に対する抗体は比較的研究が進んでいますが、脱髄型に対する抗体はまだほとんど同定されていません。しかしながら、GBSの治療法は病型による相違はなく、いずれの病型においても自己抗体が関与している可能性があります。欧米では90%がAIDPであるのに対して、日本ではAIDPが40%、AMANが22%、分類不能が38%5)と欧米と比べると脱髄型の頻度は低くなりますが、脱髄型の自己抗体の解明についても今後の研究に期待が寄せられます。
―自己抗体から予後予測は可能でしょうか。
桑原先生:
急性期の重症化の指標として、抗GQ1b抗体28)や抗GD1a/GD1b複合体抗体、抗GD1b/GT1b複合体抗体陽性例29)では人工呼吸器装着率が高いことが報告されています。しかしながらこれらの報告は後向き研究ですので、今後は多施設において一定期間の前向き調査を行って、自己抗体が重症化や予後の予測に使えるかどうかを検証していく必要があります。
また、AMANとAIDPでは、以前はAMANの方が重症で予後不良30)と考えられていましたが、最近は早期に回復する症例も存在することが知られており31)、一概にAMANの予後が不良という認識はありません。一方、呼吸障害や自律神経障害を呈する例はAIDPの方が多いという報告があります32,33)。長期予後についてはいずれの病型でも差はなく34)、現状では患者の状態に適した治療を行うべきと考えます。
―GBSの治療法についてご教示ください。
桑原先生:
GBSの治療法には経静脈的免疫グロブリン療法(IVIg)と血液浄化療法の2つがあり、その有効性は同等であることが証明されています35,36)。血液浄化療法は太い血管の確保や、設備状況、実施手技の熟練などを要します。そのため治療の簡便性や利便性、患者さんへの負担軽減を考慮し、最近はほとんどの施設でIVIgが第一選択となっています。
―軽症GBSの場合、IVIg投与はどのように判断されるのですか。
桑原先生:
初診時に進行性で歩行障害がみられる患者さんは入院してIVIgを投与しますが、自力歩行が可能で四肢筋力低下がほとんど目立たず、軽い感覚障害のみの場合、IVIgは投与せず、外来での経過観察となることもあります。その場合は、患者さんにはGBSの特徴的な症状と予想しうる経過を説明し、該当する症状が出現してくる場合はすぐに来院するようお伝えしています。ただし、脳神経障害(顔面神経麻痺、球麻痺、眼球運動障害など)を主徴とするGBSの亜型も存在しますので、四肢筋力低下がほとんどみられなくても亜型の特徴的な症状がみられた場合には入院して頂き、IVIg投与を行います。
―急性期にIVIgを投与しても効果不十分であった場合、どうされますか。
桑原先生:
以前はIVIg初回投与後、2~3週の観察期間を設けた後に血液浄化療法を行うこともありましたが、最近は2~3週以内の急性期にIVIgの再投与を行うことが多いです。Kuitwaardら37)はIVIg投与前と投与2週間後の血中IgG値の上昇(ΔIgG)が730mg/dL以下の症例では人工呼吸器装着例が多く、6ヵ月後の時点で歩行に介助が必要となることが多いと報告しています。国内のΔIgGに関する報告では、Yamagishiら38)の1,108mg/dL未満や野村ら39)の1,171mg/dL未満では予後に差があるとされています。そのため現在は、入院患者全例でIgG値を測定しており、ΔIgGが低い場合は効果不十分の1つの目安としてIVIgの再投与を検討します。また、初回投与後2~3週の観察期間に症状が進行し、症状の改善がみられない患者さんにはGBSの経過を説明した上で、ΔIgG が高値であってもIVIgの再投与を検討します。ただし、IgG値が3,000mg/dL以上の高値の場合は血栓塞栓症のリスクが懸念されますので、抗凝固療法や弾性ストッキングの着用などを考慮し、注意しながらIVIgを再投与します。GBSではいかに急性期に適切な治療を行うかが重要ですので、ΔIgGは急性期の予後予測として意義のある指標の1つだと思います。
―GBSで今後期待される治療法についてお聞かせください。
桑原先生:
GBS剖検例の検討では神経細胞の表面上に膜障害性複合体(MAC : C5b-9)の沈着が認められており、GBSにおける神経障害機序には抗原抗体結合反応のみではなく、補体の活性化も関わっていることが示されています。補体C5に対するモノクローナル抗体のエクリズマブ(eculizumab)**は早期に補体の活性化を阻害し、MAC形成を阻止するため、重症化をきたす可能性のある患者さんへの治療法として期待されています。本邦では2015年から第Ⅱ相試験が開始され、2016年に目標患者数を達成し試験を完遂しました40)。試験対象は独歩不能のGBS患者34例(Hughesの機能グレード尺度:FGで進行性の3以上)で、IVIgとプラセボ併用群(プラセボ群)及びIVIgとエクリズマブ併用群(900mg/週、計4回投与:エクリズマブ群)との比較で有用性を検討しています。その結果、主要評価項目である4週後の自力歩行可能まで回復した患者割合(FG≦2)は有意差が示されませんでしたが、副次評価項目の1つである24週後に走行可能まで回復した患者割合(FG≦1)ではプラセボ群18%(2/11例)、エクリズマブ群74%(17/23例)と両群間で有意差が認められました(p=0.004, Fisher’s exact test)。
安全性についてですが、主な有害事象はエクリズマブ群では不眠6件(26%)、頭痛、鼻咽頭炎、便秘、ほてり、肝機能異常が各4件(17%)、プラセボ群では頭痛、便秘、肝機能異常、血尿が各2件(18%)等でした。重篤な有害事象はエクリズマブ群でアナフィラキシー、頭蓋内出血、脳腫瘍が各1件、プラセボ群で抑うつが1件認められましたが、いずれの患者さんも観察期間中に回復しました。投与中止に至った有害事象は皮膚発疹、アナフィラキシーが各1件でいずれもエクリズマブ群でみられました。
**GBSに対しては本邦未承認
―GBS発症早期に、重症化をきたす患者さんを予測できる指標はありますか。
桑原先生:
近年、オランダからGBSの予後を発症早期に予測する改良版エラスムスGBSアウトカムスコア(Modified Erasmus GBS Outcome Score : mEGOS)が報告されています41)。発症年齢、下痢の先行の有無、入院時又は入院1週間後の四肢筋力をスコア化することで4週、3ヵ月、6ヵ月後に介助歩行が必要となる確率を予測することが可能です。合計スコアの点数が高くなるほど各時点で介助補助が必要となる確率が高くなります。
また呼吸不全による人工呼吸器の装着を予測可能なエラスムスGBS呼吸不全スコア(Erasmus GBS Respiratory Insufficiency Score : EGRIS)も報告されています42)。発症から入院までの日数、入院時の顔面神経麻痺または球麻痺(嚥下障害や構音障害)の有無、入院時の四肢筋力をスコア化しています。こちらも合計スコアが高くなるほど評価1週間後に人工呼吸器装着となる確率が高くなります。
各スコアには特殊な検査項目は含まれておらず、誰でもベッドサイドの診察で容易に記入ができます。これら評価スコアの日本における妥当性、信頼性の検証が多施設共同で行われ、後向き研究では入院時あるいは入院1週間のmEGOSが高スコアであるほど6ヵ月後に独歩不能となる確率が高くなること、EGRISのカットオフ値が5点以上では人工呼吸器装着率が高くなることが示されました38)。現在は前向き研究の結果を解析中ですが、入院時に評価スコアを活用することで、GBS発症早期に重症化や予後不良が予測される患者さんを把握できますので、今後は新規治療法の対象患者の選択にも役立てられると思います。
―GBSを診療される先生方へメッセージをお願いします。
桑原先生:
GBSは急速進行性であるため、病歴聴取の時点からGBSを疑い、早期に適切な治療を開始することが最重視されます。患者さんは病状に強い不安を抱いているため、診療医はGBSが単相性の疾患であることを理解し、患者さんに十分な経過の説明を行い、精神面も支えながら治療を行っていくことが重要です。希少疾患であるGBSは経験の少ない先生もいらっしゃると思いますが、mEGOSやEGRISは有用性が高く、発症早期に重症化する患者さんを予測できますし、IVIgで治療した場合、ΔIgG値から予後を予測できますので、日常診療で活用されることをお奨めします。
※本文内に記載の製剤をご使用の際には、製品添付文書をご参照ください。
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