
奈良県立医科大学消化器代謝内科 教授
吉治 仁志 先生
(審J2502313)
奈良県立医科大学消化器代謝内科 教授
吉治 仁志 先生
3. 肝腎症候群(HRS)
肝硬変と腎機能との関連も、最近注目されています。急性腎障害(acute kidney injury:AKI)と言われていますが、血清クレアチニン値の0.3 mg/dL以上の上昇あるいはベースラインから50%以上の上昇を認めるものをAKIと定義しています。例えば、患者さんに大量のフロセミドを継続して投与すると、血清クレアチニン値が0.7から1.0 mg/dLぐらいに上がることはしばしば経験することですが、この場合も広義のAKIということになります。クレアチニンが0.3 mg/dL上がるだけでも、患者さんの予後は顕著に悪くなることが報告されておりますので20)、腎機能を保護することは、肝硬変患者さんの予後改善において非常に重要であると言えます。
AKIやHRSは、概念が以前とは変わってきており、1型、2型肝腎症候群と分類されていましたが、現在では、1型肝腎症候群はAKIの診断基準に合致するということで、HRS-AKIとされています(表1)。AKIに関しても、欧州のガイドライン等でステージ分類が用いられていますので、海外と土俵を合わせるために、今回のガイドラインにおいてクレアチニン値をベースにした4段階のステージ分類(1A期、1B期、2期、3期)を採用しています。
表1 肝腎症候群(Hepatorenal syndrome:HRS)の分類
HRSの治療では、AKIの各ステージで、腎局所での腎血流量を維持するために十分量のアルブミンを投与することが基本的治療となります。体重1 kg当たり1 gを投与しますので、60 kgの人であれば60 gを2日間投与します。これでも改善がみられない場合には、海外では血管収縮薬のterlipressinとアルブミンを併用することになっていますが、日本ではterlipressinが使えませんので、現時点では、ノルアドレナリンとアルブミンを併用して投与することになります。海外では、HRS-AKIの診断基準を満たす患者はAKIの診断時の血清クレアチニン値に関わらず、こうした血管収縮薬とアルブミン製剤による治療を行うということでコンセンサスが得られています21)。旧基準の1型肝腎症候群に対するアルブミン製剤の効果を検討した161試験のメタ解析でも、十分量のアルブミンを使用することによって、生存率が改善することが報告されています22)。このようなことから、腹水に対するアルブミン投与についてのBQでは、「特発性細菌性腹膜炎(SBP)や1型肝腎症候群(HRS-AKI)合併例に対する、アルブミンの投与は、予後を改善するため有用である」と示されています4)。
4. 肝性脳症
肝性脳症も、肝硬変患者のQOL低下や予後悪化にも影響することから、重要な合併症の一つです。肝性脳症の分類には、日本では犬山分類が広く使われてきましたが、海外では臨床症状がみられないミニマル脳症とGrade Iを合わせてCovert(不顕性脳症)、Grade II以上をOvert(顕性脳症)という分類が多く用いられています(表2)23)。したがって、今回のガイドラインでは、日本でも今後不顕性・顕性を用いることを提唱しています。もちろん身体障害者手帳は犬山分類ですので、こちらの記載はきちんと残しています。
表2 肝性脳症の分類
「臨床的に分からないのであれば、そのままにしておけばいいのでは?」と思われるかもしれませんが、決してそうではありません。肝硬変患者の2~8割で不顕性脳症が起こるとされており、経過中のいずれかの時点において、肝硬変患者の3~4割が顕性脳症に進行することが報告されています23)。また、不顕性脳症患者の2割は半年で顕性脳症に移行するとの報告もあります24)。さらには、不顕性脳症の患者さんでは、交通事故を起こすリスクが非常に高いことも分かっています。日本では患者さんが高齢化してきていることから、フレイルの原因となる転倒も起こりやすくなっていますので、今回のガイドラインでは、高リスクの人に対して治療を検討することを記載しています。
不顕性脳症の診断方法ですが、これは神経学的検査になります。この一つに、5分間程度で終了するストループ・テストがあります。「みどり」と赤い文字で書かれているものを「赤」、「あお」と緑の文字で書かれたものを「緑」というように、書かれた文字ではなく色を答えていくというものです。このストループ・テストは、日本肝臓学会のサイトから無料でアプリをダウンロードできるようになっていますので、可能であればこういう形で検査を行っていただければと思います。ただし、日常診療において全員にiPadを支給して神経学的検査を行うことは時間的に困難ですので、普段の日常診療でスクリーニングができないかという声もいただきます。
一つの可能性として、ここでもアルブミンが挙げられます。不顕性脳症の患者さんでは、アルブミン値が3.2 g/dL以下の場合に精神神経機能検査で異常となる可能性が高く、アンモニアやプロトロンビン(PT)活性、総分枝鎖アミノ酸/チロシンモル比(BTR)よりも鋭敏に不顕性脳症を拾い上げることができる可能性があることが明らかになりました25)。そこで、これを別の独立したコホートで検証するため、ストループ・テストの日本人でのカットオフを決める際に検討した300例以上で検証を行ったところ、やはりアルブミン値が3.2 g/dLが有用であることが確認できました。偶然にも、ミニマル脳症のミニと3.2、どちらも「3.2(みに)」ということで、これを一つのスクリーニング指標として覚えていただければいいかと思います。
では、この3.2をどのように日常診療に使うかというと、アルブミン値が3.5 g/dLを切るとBTRが低下して、アルブミン値が3.2 g/dL以下となった段階で不顕性脳症が発症するということですので、アルブミン値が3.5 g/dLを切ってしまった場合は、まずアルブミンを上げるために分岐鎖アミノ酸(BCAA)製剤を投与します。BCAA製剤は肝性脳症の治療薬でもあります。それにもかかわらず3.2 g/dLを切ってしまった患者さんには、5分間のストループ・テストを行い、確実に不顕性脳症を拾い上げて治療介入を行うのがいいのではないかと個人的には考えています。
肝硬変患者さんの管理では、栄養療法も大変重要です。肝硬変患者さんの栄養状態は非常に悪く、非蛋白質呼吸商(糖質と脂肪の燃焼割合)をみると、肝硬変の患者さんは1日絶食するだけで、健康な人が3日間絶食したのと同じぐらい状態が悪くなります26)。肝硬変患者さんには、通常の朝・昼・夕の食事に加えて、深夜の飢餓状態を改善するためにlate evening snack(LES)や分割食が古くから推奨されています(図7)。
図7 肝硬変患者に推奨される夜食(LES)
肝硬変になると、BCAAが低下しますが、BCAA製剤を投与するとアルブミン値が上昇します。アルブミン値が3.5 g/dL以上の患者さんは、3.5 g/dL以下の患者さんに対して生命予後が良いことが15年以上前の日本人における検討で明らかになっています(図8)27)。すなわち、アルブミン値をしっかりと保つことは、肝硬変患者さんの予後を維持するうえで非常に重要であるということです。
図8 (参考情報) アルブミン値の生存率への影響
Kaplan-Meier法により推定した生存率
p<0.05(Log-rank検定)< /p>
〈研究概要〉
ウイルス性肝硬変患者におけるエネルギー代謝と予後との関連を検討した観察研究の二次解析として、血清アルブミン値※と生存率の関連を検討
※正常な蛋白栄養状態を血清アルブミン値3.5 g/dL以上と定義
観察期間:1992年より中央値7年間
対象:岐阜大学第1内科を受診したウイルス性肝硬変患者109例および健常対照者22例
方法:観察開始時の血清アルブミン値によって、対象患者を低アルブミン値群(≦3.5 g/dL)と正常アルブミン値群(>3.5
g/dL)に層別化し、Kaplan-Meier法により生存率を推定した。群間の比較にはLog-rank検定を用いた。肝不全による死亡のみを打ち切り例とした。
栄養療法についても、2020年のガイドラインで新しいフローチャートを示しています。まず初めに、蛋白低栄養(血清アルブミン値≦3.5 g/dL)であるかを判断します。これに加えて、Child-Pugh分類BまたはC、すなわち非代償期にあるかどうか、さらにサルコペニアを評価します。ガイドラインの第2版(2015年)では非蛋白質呼吸商がフローチャートに掲載されていましたが、市中病院では特殊機器を用いて測定する非蛋白質呼吸商の評価が難しいことから、今回のガイドラインでは日常診療で観察できるものをベースにしました。また、いずれにも該当しない場合も、栄養指導は必要になります。これについても、BMIのレベルごとに栄養介入の方法を分けて提示しています。
前述のLESやBCAA製剤は、基本的な栄養指導という位置付けでフローチャートの一番上の部分に示しました。BCAA製剤に関しても、顆粒製剤と経腸栄養剤が市販されていますので、これらの使い分けもフローチャートに含めています。
アルブミンは、腹水、肝性脳症をはじめとした様々な病態において、重要な役割を果たしています。また、腹水大量穿刺排液時には、十分量のアルブミンを投与することで予後改善が期待できます。
肝硬変の診療は、アルブミンの使用法をはじめ、この10年間で大きく進歩しました。ぜひガイドラインなどを参考に日々の診療に必要な知識をアップデートしていただき、患者さんの予後改善に向けた最適な診療につなげていただければと思います。
献血アルブミン20%静注4g/20mL「JB」(2025年01月 第2版)
献血アルブミン20%静注10g/50mL「JB」(2025年01月 第2版)
用法及び用量:通常成人1回20~50mL(人血清アルブミンとして4~10g)を緩徐に静脈内注射又は点滴静脈内注射する。なお、年齢、症状、体重により適宜増減する。
献血アルブミン25%静注5g/20mL「ベネシス」(2023年05月 第1版)
献血アルブミン25%静注12.5g/50mL「ベネシス」(2023年05月 第1版)
赤十字アルブミン25%静注12.5g/50mL(2025年01月 第2版)
用法及び用量:通常成人 1回20〜50mL(人血清アルブミンとして 5 〜12.5g)を緩徐に静脈内注射又は点滴静脈内注射する.なお,年齢,症状,体重により適宜増減する。
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