CIDPの画像検査と他疾患との鑑別 ~神経超音波検査を中心に~
京都府立医科大学大学院 医学研究科
神経内科学 講師
能登 祐一 先生
(審J2409155)
京都府立医科大学大学院 医学研究科
神経内科学 講師
能登 祐一 先生
能登先生:
CMTでは近位から遠位まで広く神経腫大が認められますが、この点は典型的CIDPと同じですから、鑑別においては腫大の程度に注目します。CMTの中でも特に神経腫大が目立つサブタイプはCMT1Aで、上腕などの近位部では神経断面積が3~4倍にまで増大していることが多いですが、典型的CIDPでそこまでの増大を認めるのは稀で、1.5~2倍程度のことがほとんどです。健常人、典型的CIDP、CMT1Aの神経超音波所見を並べてみると(図)、いずれの神経においても典型的CIDPの腫大の程度はちょうど健常人とCMT1Aの中間に位置しているようなイメージとなります。
ただし、先ほどもお話したように、典型的CIDPでも治療介入がなく放置された場合には腫大の程度はかなり大きくなりますから、その時点では神経超音波検査によるCMTとの鑑別は難しくなる可能性はあります。
図 神経超音波所見(健常人、典型的CIDP、CMT1Aの比較)
頸部C6神経根
健常人
TypicalCIDP
CMT1A
正中神経手根部
健常人
TypicalCIDP
CMT1A
正中神経上腕部
健常人
TypicalCIDP
CMT1A
正中神経前腕部
健常人
TypicalCIDP
CMT1A
能登先生ご提供
能登先生:
CMTの患者さんは生まれながらに振動覚や痛覚が低下していることが多く、基本的にはそのことに気づかないまま成人します。振動覚の低下に患者さんご本人が気づいていないという所見は、案外、知られていないCMTの特徴ではないかと思います。
患者さんが筋力の経時的な低下を自覚して来院された場合、当然、CIDPが鑑別すべき疾患としてあがってきますが、音叉を使って胸骨をリファレンスにした振動覚検査を実施すると、足で全く振動覚が自覚されず、患者さん自身も振動覚の低下に「今まで気づきませんでした」と言われることがあります。簡単に得られる所見ですが、振動覚低下を自覚せずに生きてきたということの把握はCMT診断の最重要点であり、これでCIDPはほぼ除外できることになります。
小さいころから、自分は運動神経が悪いという認識で医療機関を受診せず、成人を迎え、40代、50代になって顕著な筋力低下が出現して、ようやくCMTの診断に至るという、診断時期のかなり遅い事例が日本のCMT患者さんの中に少なくないということを我々は明らかにしています。なんらかのスクリーニングの必要性を感じているなかで、これは私自身のアイデアとしてですが、小学校低学年くらいから実施可能な振動覚検査がスクリーニング検査として使えるのではないかと考えているところです。
能登先生:
糖尿病性ニューロパチーにおいて急激な悪化を見た時に、それがCIDPの合併によるものかどうかの判断が難しいということをよく聞きます。糖尿病性ニューロパチーでは神経が大きく腫大するという報告はありません。糖尿病性ニューロパチーと診断されていても、近位筋も含めた筋力低下が急激に進んできたという状況の時は、神経超音波検査で神経腫大を確認するということがCIDP合併の有無を診断する上で有効だと思います。
他方、脳脊髄液の蛋白量はCIDP診断の支持基準の一つであり、正常値45mg/dLを超える場合にCIDPの可能性が示唆されますが、脳脊髄液蛋白は糖尿病でも上昇することがあり、これが糖尿病患者におけるCIDPの診断を難しくしています。最近報告された論文では9)、CIDPにおける脳脊髄液蛋白量のより具体的な参照上限値の検討が行われ、60mg/dL未満の場合にはCIDPの診断を支持する根拠とはならないことが指摘されていますから、こうした脳脊髄液蛋白量を参考にするということもポイントです。
それから、最近よく言われていることですが、遠位潜時・F波潜時が十分に延長している、または神経伝導速度が十分に低下しているというように、EFNS/PNSの電気診断基準10)が確実に満たされているかどうかをしっかりと確認することが、糖尿病合併例では特に重要です。微妙な潜時延長や伝導速度低下が認められただけでCIDPとして治療を開始してしまった場合、それが無駄な医療につながってしまう懸念があるということを念頭に置く必要があると思います。
能登先生:
日常臨床で遭遇する頻度は低いですが、Neurofascine(NF)155に対する自己抗体が陽性であればCIDPと診断できますし、そのほか、M蛋白の有無を確認することで、バイオマーカーが存在するCIDP以外の脱髄性ニューロパチーの存在は除外しておくようにしています。
能登先生:
脳神経内科領域における神経・筋超音波検査研究の分野では、ここ10年ほどの間に非常に多くの研究論文がパブリッシュされてきており、今ホットな領域と言えるでしょう。脳卒中診療などで心臓・血管超音波検査などを実践してこられた先生方には、神経や筋に対する超音波検査はさほど抵抗なく導入して頂けると思いますし、超音波の基本的技能があればだれでも実施できるというのが実際のところだと思います。私自身も超音波検査に関しては指導者がいたというわけではなく、先行研究の論文を参照しながら実践を重ねてきました。
実施に当たっては、先に述べたように正常値がどのぐらいかということを押さえておくことが必要だと思います。
能登先生:
電気生理学的検査では、神経や筋の解剖学的知識や、神経伝導検査や筋電図の波形からどのような病態かを類推する力が必要とされますから、こうしたトレーニングを積んだ方が神経・筋超音波を実施することでさらに意味があるものになると思います。
神経伝導検査については、繰り返しになりますがEFNS/PNSの電気診断基準10)の内容をしっかりと把握し、その基準を確実に満たしているかを確認するということを基本にして頂きたいと思います。診断基準の中に示される「正常値」に関しては、各施設で策定することが基本ですが、これが難しい場合にはMuscle Nerve誌11)や近畿大学12)から出されている正常値を参照して頂ければと思います。
能登先生:
CIDPを見落としてはいけないが、overdiagnosisによる不要な治療は避けなければいけないという点、そしてCIDPに対しても漫然とした治療の継続は回避しなければならないという点です。例えば、IVIgのように医療資源が限られた薬剤を使用する際には特に留意すべきことだと思います*。
漫然とした治療を回避するためには、臨床症状の評価をこまめに行い、時には治療を減じることも考慮する必要がありますが、治療に効果を感じている患者さんにこの点を納得頂くのは難しいことがあります。そういった意味でも、疾患活動性を確実に反映するバイオマーカーを開発・同定するということが、今後のCIDP診療の課題の一つかもしれません。疾患活動性を表すバイオマーカーの必要性は高いと感じています。
*記載の薬剤をご使用の際には、製品の電子化された添付文書をご参照ください。
CIDPの診断精度の向上を目指す上では、神経・筋超音波検査はぜひ習得して頂きたい技術だと考えています。
そして、既に治療を行っている患者さんに対しては、現時点での治療が最適かどうか、治療のあり方の妥当性について評価してみることがCIDPの診療では大切だと思います。私自身は、自分が受け持つようになった患者さんには自分自身の最初の診断をも疑うぐらいの気持ちで向き合うようにしています。漫然と治療を継続せずに、患者さんの評価を毎回しっかりと行い、治療によって症状の十分な改善を得た後、全く症状に揺れがないのであれば、治療自体を減じていくという姿勢を持つことが重要だと考えています。
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