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MMNの鑑別診断とMMN診療ガイドライン2024のポイント

天理よろづ相談所病院 脳神経内科 副部長/神経筋疾患センター センター長 野寺 裕之 先生

天理よろづ相談所病院
脳神経内科 副部長/神経筋疾患センター センター長
野寺 裕之 先生

【資格など】 脳神経内科専門医、総合内科専門医、筋電図-神経伝導分野専門医、米国脳神経内科専門医、米国神経筋電気診断専門医、米国神経筋疾患専門医、米国バージニア州医師免許

【所属学会など】 日本神経学会(代議員・CIDP/MMN診療ガイドライン作成委員・筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン作成委員)、日本臨床神経生理学会(理事・神経筋診断技術向上小委員会委員長・主催セミナー統括委員会委員長・AIビッグデータ ワーキンググループ長)、日本末梢神経学会(代議員)、日本神経筋超音波研究会(代表世話人)、日本メディカルAI学会、日本音響学会、日本内科学会

取材日:2024年5月16日(木)
(審J2407089)

はじめに

当院は奈良県天理市にあり、京阪奈地域の基幹病院として急性期・慢性期の患者を受け入れています。当院から車で10分の所にある白川分院には、リハビリテーション病棟や療養病棟があります。当科では脳血管障害、特に急性期の脳梗塞から多巣性運動ニューロパチー(MMN)や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病のケアまで行っているのが特徴です。また奈良県の難病ネットワークに参加し、当院に通院中で在宅療養中の難病患者の急変時の対応を行っています。

MMNを疑うポイントと疫学

MMNは、平均発症年齢42歳の筋萎縮と脱力を主訴とする疾患です。男性にやや多く、男女比は2:1と報告されています1)。症状は上肢が主体で左右差があるのが特徴です。筋萎縮や脱力などの運動障害が主であり、痛みやしびれなどの感覚障害はまれとなります1)。運動障害の具体的な症状は「文字が書きにくい」、「ペットボトルを開けにくい」、「コインをつかみにくい」、「細かい作業がしにくい」などです。
2005〜09年に行われたMMN患者とALS患者を対象とした疫学調査の報告では、日本人の有病率は人口10万人当たり、MMN 0.29人、ALS 6.63人と推定されました2)。またMMN患者数はALS患者数の20分の1程度でした2)。2021年に本邦で行われた全国調査では、MMNの推定患者数は507名、有病率は人口10万人当たり0.4人と報告されています1)

MMNの診断方法と鑑別診断のポイント

MMNを疑うと神経学的診察をした後に以下の手順で検査を進め、ALSや頚椎症などとの鑑別診断を行います。まず問診では、片側上肢の筋萎縮と脱力を示す具体的な症状、しびれや痛みの有無、緩徐進行性であるか、いつ頃からその症状が出ているのか、ここ1〜2ヵ月の悪化の有無などを確認します。神経画像検査では、神経根のMRI検査や神経エコー検査を行います1)

当院での検査手順例

神経学的診察 → 神経生理検査(神経伝導検査・針筋電図検査) → 神経画像検査 → 一般採血 → 自己抗体の測定(抗ガングリオシド抗体)。

頚椎症との鑑別では主訴を確認します。MMNは筋萎縮と脱力に伴う症状を主訴とするため、痛みやしびれを訴えることはまれです。痛みやしびれを主症状とする場合は頚椎症を疑いますが、逆に痛みを訴えない頚椎症もしばしば経験されます。

神経学的診察では深部腱反射を行います。特に罹患部位では腱反射は正常または低下することが多く、亢進することが多いALSとの鑑別となります。ただし、MMNでも腱反射が亢進する症例が報告されているため、腱反射の亢進をもってMMNの除外はできませんので注意が必要です3)。筋萎縮を認める筋を徒手筋力試験(MMT)で確認します。MMNは末梢神経単位の分布になるため、正中神経の支配筋が弱く、尺骨神経の支配筋は正常などのように、それぞれの神経の支配筋に解離を認めることが典型的です。またMMNでは、安静時に筋肉がぴくぴくと自発的に収縮する線維束性収縮や寒冷で筋力が低下する寒冷麻痺という現象がみられます4)。一方で、ALSとの鑑別に重要となる舌萎縮や嚥下困難などの脳神経症状は、ほとんど認められません1)

神経生理検査では神経伝導検査が中心となり、最低限、両側の上肢の検査を行う必要があります。筋萎縮もしくは脱力のある神経で運動神経複合筋活動電位の振幅が低下します4)。もしくは、伝導ブロック、F波の誘発不良を認めることがあります1)。伝導ブロックはMMNに特徴的な所見ですが、慢性期の軸索変性が進行した場合や、神経根などの近位部病変では伝導ブロックを検出することが困難で、検出感度は高くありません1)。同じ神経でも感覚神経伝導検査では異常を認めないことが特徴です。針筋電図検査では、罹患している筋萎縮や脱力している筋肉に活動性・慢性脱神経変化を認めます。

これまでの神経生理検査でMMNが疑わしければ、MRIと神経エコーを用いる神経画像検査を行います。神経画像検査で末梢神経腫大を認めることは、局所神経脱髄を示唆する重要な所見です1)。MRIでは、頚部神経根でshort tau inversion recovery(STIR)画像を冠状断で撮像すると患側の神経根腫大が多くみられます。末梢神経エコーを行うとMRIより少し広い範囲で観察でき、頚部神経根や神経伝導検査で伝導ブロックを認めた部位に神経腫大を認める可能性があります。一方、ALSでは神経が萎縮するため、MMNとの鑑別が難しい症例でも神経画像検査の結果が鑑別の鍵となり得ます1)

図1AはMMN患者の神経エコー画像で左のC6神経根の径が太くなっており、神経腫大を示します。図1Bは同じ患者の頚部MRI画像で、左のC6神経根(矢印部分)の腫大を示しており、どちらの検査でも神経腫大が左右非対称であればMMNを強く疑います5)

図1 MMN患者の神経エコー画像と頚部MRI画像

図1 MMN患者の神経エコー画像と頚部MRI画像
Nodera H, et al. J Med Invest. 2016; 63(1-2): 104-107.

図2は、MMN群、ALS群、正常対照群のC6神経根の径をエコーで測定したデータです。ALS群は正常対照群と比較して細くなる傾向があり、MMNは正常対照群と比較して有意に太くなっています。MMN群の白丸は患側、黒丸は正常側ですが、正常側も腫れている症例が認められる可能性があります5)

図2 C6神経根の径のエコー測定結果(MMN群、ALS群、正常対照群)

図2 C6神経根の径のエコー測定結果(MMN群、ALS群、正常対照群)
Nodera H, et al. J Med Invest. 2016; 63(1-2): 104-107.

【方法】徳島大学病院のMMN患者9例(すべて男性)、ALS患者22例(うち男性15例)、正常対照患者17例(うち男性11例)を対象とし、高解像度エコーを用いてC6神経根の径を測定した。ANOVA with Bonferroni post hoc testを行いMMN群、ALS群、正常対照群のデータを比較した。p<0.05を有意とした。

続いて血液検査です。一般採血や抗核抗体ではMMNを示唆するものはありませんが、自己免疫性の末梢神経障害を除外するために検査を行います。抗GM1 IgM抗体はMMNに特徴的であり、MMN患者の約半数に認められるとされています1)

MMNの初期治療と維持療法

『慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)、MMN診療ガイドライン2024』では、免疫グロブリン静注療法(IVIg)がMMNの第一選択薬とされています1)。副腎皮質ステロイド薬や血漿交換療法はMMNに対して効果があまり期待できず副腎皮質ステロイド薬については症状を悪化させる可能性も報告されています6,7)。CIDPには効果を示すため、両疾患の相違点となります。免疫抑制療法もMMNに対しての明確なエビデンスはなく、逆に効果に乏しいと報告されています1)。IVIgの標準的な投与方法では400mg/kg/日を5日間点滴静注し、症状の改善が認められたら維持療法に移行します1)

維持療法では、免疫グロブリン1,000mg/kg/日を1日、または500mg/kg/日を2日間で点滴静注し、3週間隔で継続します3)。効果判定は投与12ヵ月程度で行います1)。維持療法の課題は多くの症例で長期投与となり、点滴ラインを確保し続けることや免疫グロブリンを中止するタイミングが明確でないことであり、いずれも患者と点滴スケジュールを相談して決めることで解決を図っています。

MMNの治療効果の判定方法

MMNの治療効果の判定には神経学的所見が重要であり、主に握力測定の結果で評価します1)。検査の再現性に注意を払い、同じ握力計を使ったり、握力の測定方法(立位・座位)を同じにしたりと工夫しており、2〜3kgの改善を一つの目標としています。

専門医へのコンサルトのタイミング

筋萎縮や脱力の症状がある場合、患者は整形外科を受診することが多いと考えられます。整形外科では、頚椎MRIなどの検査によって「脱力」を説明できない場合には、脳神経内科へコンサルテーションを行います。神経伝導検査や神経画像検査の可能な施設へ紹介するとMMNの鑑別診断ができる可能性が高まります。

『CIDP、MMN診療ガイドライン2024』のポイント1)

『CIDP、MMN診療ガイドライン2024』では、MMNに対して3つのClinical Question(CQ)が取り上げられています。エビデンスの確実性および推奨度については、本項末尾の【参考】を参照してください。

CQ1 MMNの診断において、電気生理学的検査は推奨されるか?

推奨

MMNの診断において、電気生理学的検査を行うことを推奨する。
[GRADE 2C:推奨の強さ2「弱い推奨」、エビデンスの確実性C「低」]

「日本神経学会監修:慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー,多巣性運動ニューロパチー診療ガイドライン2024,
p.148,2024,南江堂」より許諾を得て転載.

電気生理学的検査はMMNの診断基準に採用されており、診断に必須の検査です。一方でMMNの患者数は少なく、多数例のエビデンスが不足しているため、エビデンスレベルは弱いと判断されました。

CQ2 MMNの治療において、免疫グロブリン療法は推奨されるか?(皮下注、維持を含む)

推奨
  • MMNの治療において、免疫グロブリン静注療法による寛解導入療法を行うことを強く推奨する。
    [GRADE 1C:推奨の強さ1「強い推奨」、エビデンスの確実性C「低」]
  • MMNの治療において、免疫グロブリン静注療法による維持療法を行うことを強く推奨する。
    [GRADE 1B:推奨の強さ1「強い推奨」、エビデンスの確実性B「中」]
  • MMNの治療において、免疫グロブリン皮下注療法による維持療法を行うことを条件付きで推奨する。
    [GRADE 2C:推奨度の強さ2「弱い推奨」、エビデンスの確実性C「低」]
「日本神経学会監修:慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー,多巣性運動ニューロパチー診療ガイドライン2024,
p.151,2024,南江堂」より許諾を得て転載.

IVIgによる寛解導入療法・維持療法については、1990年代に実施された小規模なRCTなどが引用されていますが、IVIgの臨床経験を踏まえてガイドラインでは「強い推奨」となっています8,9)。免疫グロブリン皮下注療法(SCIg)※注1はIVIgの代替療法となり得るとされていますが、臨床試験の症例数が少ないため、弱い推奨です10)
※注1)本邦ではSCIgのMMNに対する効能又は効果は認められておりません。

CQ3 MMNの治療において、免疫抑制療法は推奨されるか?

推奨
  • MMNの診断において、免疫抑制療法を行わないことを推奨する。
    [GRADE 1B:推奨の強さ1「行わないことを強く推奨」、エビデンスの確実性B「中」]
「日本神経学会監修:慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー,多巣性運動ニューロパチー診療ガイドライン2024,
p.154,2024,南江堂」より許諾を得て転載.

MMNの治療においては、免疫抑制療法を行わないことを強く推奨するとされました。これは、ミコフェノール酸モフェチル※注2を用いたRCTが1報のみだからです。しかも対照となるプラセボ投与群とIVIg量に有意差がなく、投与3ヵ月後のMMTや機能評価でも有意差が認められませんでした11)
※注2)本邦ではMMNに対するミコフェノール酸モフェチルは承認されておりません。

【参考】

エビデンスの確実性

A(高) 効果の推定値に強く確信がある
B(中) 効果の推定値に中程度の確信がある
C(低) 効果の推定値に対する確信は限定的である
D(とても低い) 効果の推定値がほとんど確信できない
「日本神経学会監修:慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー,多巣性運動ニューロパチー診療ガイドライン2024,p.x,2024,南江堂」より許諾を得て転載.

推奨度

GRADE 1 強い推奨
GRADE 2 条件付き推奨
「日本神経学会監修:慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー,多巣性運動ニューロパチー診療ガイドライン2024,p.xi,2024,南江堂」より許諾を得て転載.

『CIDP、MMN診療ガイドライン2024』のQ&A1)

『CIDP、MMN診療ガイドライン2024』にはMMNの診療におけるQ&Aが9つあり、ここではそのうち3つの概要をご紹介します。

  • 難治例の治療は、基本的にはIVIgを続けることになりますが、保険適用内で投与量の増量や投与間隔の短縮を検討します。
  • MMNでも感覚障害を伴うなど病態がCIDPに近いタイプでは、ステロイド薬が有効であるとする報告がありますが、こういった症例は多巣性CIDPの可能性もあります。
  • COVID-19ワクチンやインフルエンザワクチン接種後にMMNを発症したとされる報告はありますが、因果関係は明らかになっていません。日本神経学会が、2021年8月27日に同様の見解を出しています。

MMNを診療されている先生方へのメッセージ

MMNは、左右差がある上肢主体の筋萎縮と脱力が特徴の疾患です。ただし、抗GM1 IgM抗体が陽性・陰性のMMNがあるように、「この検査結果だからMMN」とはなりません。これはALSも同様です。つまり、疑わしい症例では一度MMNを疑ってほしいと思っています。MMNを疑って、神経生理検査や神経画像検査を行ってみてください。

引用文献

1) 日本神経学会(監修).慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー,多巣性運動ニューロパチー診療ガイドライン2024.南江堂,2024.
2) Miyashiro A, et al. Muscle Nerve. 2014; 49(3): 357-361.
3) Joint Task Force of the EFNS and the PNS. J Peripher Nerv Syst. 2010; 15(4): 295-301.
4) 三澤園子 他.臨床神経生理学.2013; 41(2): 112-117.
5) Nodera H, et al. J Med Invest. 2016; 63(1-2): 104-107.
6) Feldman EL, et al. Ann Neurol. 1991; 30(3): 397-401.
7) Donaghy M, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1994; 57(7): 778-783.
8) Azulay JP, et al. Neurology. 1994; 44(3 Pt 1): 429-432.
9) Van den Berg LH, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 1995; 59(3): 248-252.
10) Keddie S, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2022; 1(1): CD004429.
11) Piepers S, et al. Brain. 2007; 130(Pt 8): 2004-2010.

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