TOP 製剤情報一覧 疾患から探す 先天性アンチトロンビン欠乏症 今さら聞けない先天性アンチトロンビン欠乏症のあれこれ

今さら聞けない先天性アンチトロンビン欠乏症のあれこれ

アコアラン・ノイアートWEB講演会記録集
今さら聞けない
先天性アンチトロンビン欠乏症のあれこれ
※監修医師の所属・役職はWeb講演会開催時のものです。
2023年2月掲載
(審J2301541)

先天性アンチトロンビン(AT)欠乏症は、血液凝固制御因子であるATの先天的な量的/質的異常によって血栓症発症リスクが高まる疾患で、平成29年には指定難病327となった。しかしながら、本疾患はまれであり、診断や治療は容易ではない。そこで本講演会では専門家の先生方をお招きし、内科、産科それぞれにおける診断・治療などについてご解説いただいた。

内科編 診断と治療
座 長
家子 正裕 先生(岩手県立中部病院 臨床検査科・血液内科 臨床検査科長)
演 者
森下 英理子 先生(金沢大学大学院 医学系研究科病態検査学 教授)

先天性アンチトロンビン欠乏症 ~はじめに~

 止血系である血小板と凝固因子は血中に過剰に存在しており、半減しても出血などの症状は生じない。一方、凝固阻止系であるアンチトロンビン(AT)およびプロテインC(PC)、プロテインS(PS)は必要最小限しか存在せず、半減すれば血栓症が生じやすくなる。血栓症の誘発因子としては妊娠が多く、他に不動や感染症などがある。
 AT欠乏症はI型とII型に分類され、II型にはさらに3つのサブタイプがある(表1)。日本人でのAT欠乏症の発生頻度は0.15%と低いものの、I型では静脈血栓塞栓症(VTE)発症のリスク率が極めて高い(表2)。

表1遺伝性AT欠乏症の分類
遺伝性AT欠乏症の分類

AT:アンチトロンビン HBS:ヘパリン結合部位 PE:多面的効果 RS:反応部位
*:ヘパリンコファクター活性を示す。
**:進行性トロンビン活性(ヘパリンを添加せずに、抗トロンビン活性を測定する方法)は正常を示す。

厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業
血液凝固異常症等に関する研究特発性血栓症研究グループ:
遺伝性血栓性素因患者の妊娠分娩管理に関する診療の手引きQ&A, 2021.
表2日本人の遺伝性血栓性素因の頻度とVTE発症の危険率
日本人の遺伝性血栓性素因の頻度とVTE発症の危険率

1)Sakata T, et al. J Thromb Haemost.2004;2:1012-1013.
2)Sakata T, et al. J Thromb Haemost.2004;2:528-530.
3)Kimura R, et al. Blood.2006;107:1737-1738.

森下英理子先生ご提供

診断の手順・ポイント

 成人遺伝性血栓性素因の診断チャートを図1に示した。原因検索が必要なケースに、若年性(40歳以下)や再発性の血栓症が挙げられる。また、家族が先天性AT欠乏症を有している場合も多く、家族歴も診断の参考になる。スクリーニングとして血液検査と画像検査を行うが、このときに鑑別すべき疾患として、第一に抗リン脂質抗体症候群(APS)が挙げられる。
 次にAT、PC、PSの活性測定を行い、基準値の下限値未満の場合にはそれぞれの欠乏症を疑う。ここではAT活性測定のポイントを以下に示す。

  • 血栓症の急性期には凝固制御因子活性が低下しているため、活性測定は繰り返し行う
  • 小児は肝臓が未発達のため、成人に比べて活性値が低下していることを念頭におく
  • 後天的に活性が低下する病態と薬剤を十分理解しておく
  • 直接経口抗凝固薬(DOAC)内服時は、AT活性が偽高値となる場合がある
  • 用いている活性測定法の特性を理解しておく
  • 家系内に活性低下が観察されることは、診断する際の重要な事項となる

 また、活性測定にあたって理解しておくべき「後天的にAT・PC・PS活性に影響する病態・薬剤」(図2)に留意し、後天的な活性低下を示す病態を除外した後、遺伝学的検査で変異が同定されると診断が確定する。
 なお「若年性(40歳以下)」と述べたが、当研究室で遺伝子解析を実施し変異部位が同定されている196例を対象として調査した。結果、AT欠乏症による血栓症の初発年齢の中央値は30歳、ピークは20代であった(図3)。同じ調査での臨床症状は、いずれの欠乏症でも深部静脈血栓症(DVT)と肺血栓塞栓症(PE)が約半数を占め、その他に脳静脈洞血栓症や動脈血栓症(特に脳梗塞)などがみられた。

図1成人遺伝性血栓性素因の診断チャート
成人遺伝性血栓性素因の診断チャート

AT:アンチトロンビン
PC:プロテインC PS:プロティンS
β2-GPI:β2-グリコプロテインI
*小児の場合は、さらに異なる鑑別疾患があり

厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業 血液凝固異常症等に関する研究特発性血栓症研究グループ:
遺伝性血栓性素因患者の妊娠分娩管理に関する診療の手引きQ&A, 2021.
図2後天的にAT・PC・PS活性に影響する病態・薬剤
後天的にAT・PC・PS活性に影響する病態・薬剤 森下英理子. 臨床化学. 2020;49(3):172-181. より一部改変
図3遺伝性血栓性素因の年齢分布[金沢大学大学院 医学系研究科病態検査学講座における遺伝子解析の結果]
遺伝性血栓性素因の年齢分布[金沢大学大学院 医学系研究科病態検査学講座における遺伝子解析の結果] 森下英理子先生ご提供

先天性AT欠乏症の血栓症発症後の治療

治療法について以下に示す。

  • 急性期では、重症度に応じて抗凝固療法(ヘパリン類、DOAC)、線溶療法、血栓吸引療法などを実施する。必要に応じて補充療法としてAT製剤を使用する
  • 慢性期では、再発予防として抗凝固薬(ワルファリン、DOAC)の長期投与(少なくとも3ヵ月)を行う
  • 内服期間は、誘発因子の存在、血栓症の既往歴、欠乏症のタイプなどを総合的に考慮して決定する

家系内解析、遺伝子解析の必要性

 先天性AT欠乏症は血栓症リスクの極めて高い遺伝性血栓性素因であり、家系内解析は血栓症予防の観点からも重要である。図4に示す通り、変異を有する保因者を特定することで、血栓を防ぐための指導など対策を講じることができる。
 また先天性AT欠乏症のII型の亜型分類に際して、遺伝子解析の結果が有用な場合がある。したがって、可能であれば遺伝子解析の実施を推奨する。遺伝子解析は令和2年度の診療報酬改定で保険適用となっている。

図4家系内解析
家系内解析 森下英理子先生ご提供 自験例から作図

内科編 トピック〈健常成人におけるAT活性基準値設定の試み〉
座 長
森下 英理子 先生(金沢大学大学院 医学系研究科病態検査学 教授)
演 者
家子 正裕 先生(岩手県立中部病院 臨床検査科・血液内科 臨床検査科長)

AT活性基準値の現状

 先天性AT欠乏症では検査所見も重要であり、特発性血栓症の診断基準(表1)には「血漿中のAT活性が成人の基準値の下限値未満」「それぞれの測定法での基準値に準拠」との記載がある。では「それぞれの測定法の基準値」とはどのような値だろうか。実は、臨床検査センターや検査試薬の会社によって採用している基準値が異なる。2022年8月に確認したところ、AT活性基準値の下限は75~83%、上限が118~132%と差が大きかった。例えば、AT活性測定法のうちXa阻害法に用いられる試薬は2種類あるが、同じ試薬を用いている施設でも、基準値の範囲が異なっているのが現状である。

表1特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるものに限る)の診断基準

<診断基準> Definite、Probableを対象とする。

A症状

年齢に応じて好発する症状に差がみられる。

  1. 新生児・乳児期(0~1歳未満)
    胎児脳室拡大(水頭症)、新生児脳出血・梗塞、脳静脈洞血栓症、電撃性紫斑病、硝子体出血。
    皮膚の出血斑、血尿などがしばしばみられる。
  2. 小児期(1歳以上18歳未満)・成人(18歳以上)
    静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症、脳静脈洞血栓症、上腸間膜静脈血栓症など)、動脈血栓症(脳梗塞など)。
    小児期では、脳出血・梗塞で発症する割合が多い。
    成人女性では、習慣流産を来す場合もある。

※長時間不動、外傷、手術侵襲、感染症、脱水、妊娠・出産、女性ホルモン剤服用などが発症の誘因となることがある。 ※症状には、CT、MRI、超音波等の画像検査にて確認された無症候性のものも含む。

B検査所見
家系内解析 (Ichiyama, M et al. Pediatr Res. 2016,79:81-86.)
  1. 血漿中のPC活性が成人の基準値の下限値未満
  2. 血漿中のPS活性が成人の基準値の下限値未満
  3. 血漿中のAT活性が成人の基準値の下限値未満

※いずれの活性についても、それぞれの測定法での基準値に準拠する。 ※18歳未満の症例については、年齢別下限値(表)を参照する。 ※複数回測定にて、ビタミンK拮抗薬服用、肝機能障害、妊娠、女性ホルモン剤使用、ネフローゼ症候群、血栓症の発症急性期、感染症などによる二次的活性低下を除外する。 ※ビタミンK欠乏(特に新生児・乳児)と消費性凝固障害による影響を考慮して判断するために各活性測定時に、FVII活性及びPIVKAIIを同時に測定することが望ましい。

C鑑別診断

PC、PS、AT欠乏症以外の遺伝性血栓性素因に伴う血栓傾向および血小板の異常(骨髄増殖性腫瘍など)、血管障害、血流障害、抗リン脂質抗体症候群、悪性腫瘍など。

新生児期~小児期では、更に以下の疾患を鑑別する。 新生児期:仮死、呼吸窮迫症候群、母体糖尿病、壊死性腸炎、新生児抗リン脂質抗体症候群など。 乳児期・小児期:川崎病、心不全、糖尿病、鎌状貧血、サラセミアなど。

D遺伝学的検査

AT遺伝子(SERPINC1)、PC遺伝子(PROC)、PS遺伝子(PROS1)のいずれかに病因となる変異が同定されること。

E遺伝性を示唆する所見
  1. 若年性(40歳以下)発症
  2. 繰り返す再発(特に適切な抗凝固療法や補充療法中の再発)
  3. まれな部位(脳静脈洞、上腸間膜静脈など)での血栓症発症
  4. 発端者と同様の症状を示す患者が家系内に1名以上存在

<診断のカテゴリー>
Definite:Aの1項目以上+Bの1項目以上を満たし、Cを除外し、Dを満たすもの
Probable:Aの1項目以上+Bの1項目以上を満たし、Cを除外し、Eの2項目以上を満たすもの
Possible:Aの1項目以上+Bの1項目以上を満たし、Cを除外したもの

難病情報センターホームページ(2022年12月現在)より抜粋
厚生労働省:平成29年 4月1日施行の指定難病(新規・更新)特発性血栓症(遺伝性血栓性素因よるものに限る。)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000085261.html

AT活性測定試薬の標準化

 前述の背景から、日本血栓止血学会と日本検査血液学会が中心となり、各AT活性測定試薬の標準化(ハーモナイゼーション)と基準値の設定を試みている1)。市販AT欠乏血漿と市販標準血漿を混和して5濃度のサーベイランス試料を作製し、AT国際標準品を用いて基準検量線を決定した。参加した11施設で7種類の試薬を用いてサーベイランス試料を測定し、測定結果と基準検量線から試薬ごとの換算式を求めた。換算式(表2)のXに各試薬でのAT活性実測値を代入すると、ハーモナイズされたAT活性換算値をYとして得られる。

表2AT活性測定試薬のハーモナイゼーション換算式
AT活性測定試薬のハーモナイゼーション換算式

Y:ハーモナイズされたAT活性換算値
X:各測定試薬でのAT活性実測値

家子正裕ほか. 日本検査血液学会雑誌.2021;22(1):129-135.

AT活性基準値設定の試み

 次いでAT活性基準値設定の算出を健常成人214例、先天性AT欠乏症患者(以下、患者)78例で試みた表3)。その結果、健常成人では平均値±SDは105.4±10.1%となった[表4-1)]。その平均値±2SDでは85.2~125.6%となり、AT活性基準値の候補として考えられた。
 しかし、同様に患者で得られたAT活性値の平均値±SDは50.0%±9.0%となった[表4-2)]。その平均値±2SDでは32.0~68.0%となる。そのため、健常成人の基準値候補となった下限値(85.2%)と患者で得られた上限値(68.0%)の区間[68.1~85.1%]が大きなグレーゾーンとなる。
 そこで、健常成人と患者ともに平均値±3SDでAT活性値の範囲を求めたところ、健常成人では75.1~135.7%、患者では23.0~77.0%となり、グレーゾーンはほとんど解消した。
このことから、下記の通りにまとまる。

  • 日本人における健常成人のAT活性基準値は85.2~125.6%(平均値±2SD)
  • 先天性AT欠乏症患者を考慮した健常成人のAT活性値の臨床的カットオフ値(病態識別値)は75.1%(平均値-3SD)

 つまり、診断基準に記載のある「血漿中のAT活性が成人の基準値の下限値未満」を、「AT活性75%以下」と判断することを提案する。
 現在、「AT活性基準値を医療施設に周知できていない」「臨床検査センターでの採用も簡単ではない」「各試薬の換算式に関する啓発が難しい」といった問題があるため、われわれが得た基準値と臨床的カットオフ値を周知する活動を着実に進める予定である。

表3AT活性基準値設定の試み[方法]
健常成人のAT活性基準値設定の試み

各施設において健常成人血漿、延べ214例のAT活性を測定した。この測定値を基に基準検量線との換算式による試薬間ハーモナイズを施行し、健常成人のAT活性基準値算出を試みた。(年齢:22~67歳、男性126人、女性88人)

先天性AT欠乏症患者のAT活性値の比較

先天性AT欠乏症患者血漿:左記同様に、各施設において、I型欠乏症患者(遺伝子異常が確認された症例を優先)を中心に、延べ78例のAT活性を測定した。(年齢:18~73歳、男性32例、女性46例)

家子正裕ほか. 日本検査血液学会雑誌 2021;22(1):129-135.より作成
表4AT活性基準値設定の試み[得られたAT活性値]
1)健常成人のAT活性

*:基準検量線と各試薬の相関性から得た換算式で求めた (Kolmogorov-Smirnov test:p=0.436)
**:換算データの平均値±2SDから外れ値を除外したデータ(N=205)から求めた (Kolmogorov-Smirnov test:p=0.458)

2)先天性AT欠乏症患者のAT活性

*:基準検量線と各試薬の相関性から得た換算式で求めた (Kolmogorov-Smirnov test:p=0.216)
**:換算データの平均値±2SDから外れ値を除外したデータから求めた (Kolmogorov-Smirnov test:p=0.200)

家子正裕ほか. 日本検査血液学会雑誌 2021;22(1):129-135.より作成

参考文献

  1. 家子正裕ほか. 日本検査血液学会雑誌.2021;22(1):129-135.

産科編 診断と治療
座 長
森下 英理子 先生(金沢大学大学院 医学系研究科病態検査学 教授)
演 者
森川 守 先生(関西医科大学 産科学・婦人科学講座 産科教授・産科科長)

妊娠中・分娩後のVTE発症リスク

 先天性血栓性素因患者が妊娠すると、妊娠中や分娩後に血栓症を発症することがある。なかでも先天性AT欠乏症(CAD:Congenital Antithrombin Deficiency)は、頻度は少ないものの血栓症リスクが高く、どのように妊娠・分娩の管理を行うべきかが重要である。
 VTE発症リスクが高い時期は、2峰性で妊娠初期と分娩後である(図1)。妊娠中の手術でも血栓が生じやすいため、分娩後だけでなく妊娠中も油断をしてはならない。VTE発症リスクは帝王切開で高いが、経腟分娩でも発症することがあり、特に先天性血栓性素因がある場合には注意を払う必要がある。

図1妊娠中・分娩後のVTE発症のリスク(一般論)
妊娠中・分娩後のVTE発症のリスク(一般論) Morikawa M, et al. J Obstet Gynaecol.2022;48(3):663-672.より作図

妊娠・分娩時のAT活性測定

 一般的に、妊娠歴・既往歴・家族歴が特になく、妊娠経過が順調な経腟分娩症例では、妊婦健診を含めて凝固・線溶系の測定は実施していないことが多い(帝王切開の症例では、術前後に実施)。そのため、妊娠中に先天性血栓性素因の診断がつかないまま、分娩を迎える可能性がある。そこで北海道大学病院では、経腟分娩の全症例で、妊娠36週以降に全血算に加えAT活性の測定も行ってきた。AT活性値の分布(図2)をみると、AT活性値65%未満の妊婦が0.7%おり、健常とみなしていた妊婦が実は先天性AT欠乏症である可能性が否定できない。

図2経腟分娩直前のAT活性値の分布
経腟分娩直前のAT活性値の分布 Morikawa M, et al. Hokkaido Igaku Zasshi.2012;87(4-5):141-146.より改変

妊娠性AT欠乏症

 一部の妊婦では、AT活性値が妊娠後半期に徐々に低下し、特に分娩前後には65%以下となるが、これを「妊娠性AT欠乏症」と称する(図3)。分娩前後は50%を下回ると、血栓のリスクは高くなるため注意する必要がある。分娩後にAT活性値は速やかに改善し、血小板数もAT活性値と同様の推移を示す。AST/ALT/LDHも同様のタイミングで異常値となり、速やかに改善する。妊娠性AT欠乏症の妊婦は、HELLP症候群や妊娠高血圧腎症のハイリスク症例と捉えて対応する必要がある。

図3分娩前後血液検査結果の時間的関係[概念図]
分娩前後血液検査結果の時間的関係[概念図] 文献1)、2)を基に作成
Minakami H, et al. J Perinat Med.2011;39(4):369-374.より改変

CAD合併妊娠とAT製剤の使用

 血栓性素因によるVTEリスクは妊娠によってさらに高まり、CAD合併妊娠でのVTE発症率はI型では1/2.8人、II型では1/42人と報告されている3)。CADI型合併妊娠ではAT製剤投与が不可避となるが、II型合併でのAT製剤投与はどう行えばよいか。北海道大学病院におけるCAD合併妊婦10例のVTE予防方法と経過を基に、次の通り検討した。
 妊婦の背景と妊娠・分娩経過を表1-1)に、VTEの予防方法と発症状況を表1-2)に示した。図4の通り、妊娠中にATを補充していたI型の症例では70%以上のAT活性値を維持した。ヘパリン療法のみのII型の症例の平均AT活性値は、分娩7日前には43%と低かったが、分娩直前のAT補充で80%を超えた。しかし、分娩後にはAT補充を実施せず55.9%に低下した。この結果から、CADII型はI型よりも低リスクとして対応してしまうと、VTEリスクの高い分娩直後の時期にAT補充が不足する可能性が示された。そこで、これを反映して、II型合併の場合のAT製剤投与方法も含めた「CAD合併妊娠の管理指針案」(表2)を作成した。また2021年3月には、「遺伝性血栓性素因患者の妊娠分娩管理に関する診療の手引きQ&A」4)も発行されており、併せてご活用いただきたい。
 なお現在、AT補充には献血由来のAT製剤の他に、遺伝子組換えAT製剤の使用が可能である。国立成育医療研究センターのデータで、CADの妊婦の妊娠中から産褥期のAT活性値の推移をみた報告がある。本人および父親にVTEの既往があり、VTE発症後にワルファリンによる予防的抗凝固療法を受けていたが、妊娠期間中はAT活性値70%を維持すべく全期間でAT補充(未分画ヘパリン併用)、分娩直前から分娩後まではAT活性値をさらに高い値(目標AT活性値:80~120%)で維持するように管理を行い、血栓症を発症せずに分娩に至っている5)

表1CAD合併妊婦10例について[北海道大学病院]
1)背景、妊娠・分娩経過 2)VTEの予防方法と発症状況

AT:AT製剤 H:低分子ヘパリン療法 W:ワルファリン療法

Minakami H, et al. J Perinat Med.2011;39(4):369-374.より改変
表2CAD合併妊娠の管理指針案
  1. I型では、妊娠全期間においてAT製剤の投与を行い、分娩前までは70%以上のAT活性値を維持し管理する。
  2. II型のうち、妊婦本人 and/or 家族にVTE既往歴があり、かつ他の血栓性素因がある場合、I型と同様に管理する。
    以上を「ハイリスク群」とする。
  3. II型のうち、VTE既往歴・家族歴や他の血栓性素因がない場合、分娩前までは原則未分画ヘパリンのみを用いて管理し、分娩前後ではAT製剤の投与を行い、70%以上のAT活性値を維持する。
    以上を「ローリスク群」とする。
  4. 分娩は産科的適応がなければ帝王切開(cesarean section, CS)は回避し、できる限り経腟分娩を目指す。
  5. 分娩後は、未分画ヘパリン(あるいは低分子ヘパリン)の投与を速やかに開始し、その後はハイリスク群では産後3~6ヵ月、ローリスク群では産後6週間の抗凝固療法(ワルファリン療法ないし低用量アスピリン療法)を施行する。
Morikawa M, et al. Int J Hematol.2022;116(1):60-70.より作表
図4CAD合併妊婦10例のAT活性値とD-dimer値[北海道大学病院]
CAD合併妊婦10例のAT活性値とD-dimer値[北海道大学病院] Morikawa M, et al. Int J Hematol.2022;116(1):60-70.より作図

参考文献

  1. Minakami H, et al. Gynecol Obstet Invest.1998:46(1):41‒45.
  2. Minakami H, et al. J Hepatol.1999:30(4):603‒611.
  3. McColl MD, et al. Thromb Haemost.1997;78(4):1183-1188.
  4. 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業
    血液凝固異常症等に関する研究特発性血栓症研究グループ:遺伝性血栓性素因患者の妊娠分娩管理に関する診療の手引きQ&A, 2021.
  5. Hisano M, et al. Int J Gynaecol Obstet.2020;148(2):263-264.

総合討論・質疑応答
座 長
小林 隆夫 先生(浜松医療センター 名誉院長)

患者数に関する質問 先天性AT欠乏症の患者数は?

小林先生 指定難病「特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるものに限る)」として認定されている患者数は、令和2年度の衛生行政報告では177例であった。そのうち20歳から59歳までが83%を占めている1)。なお、厚生労働省の研究班による全国調査では、先天性AT欠乏症の妊娠分娩数は2014~2018年の5年間で84例で(表1)、毎年の数は29件程度と推定されている。

表1厚生労働省研究班難治性疾患等政策研究全国調査:血栓性素因別推定頻度
厚生労働省研究班難治性疾患等政策研究全国調査:血栓性素因別推定頻度

これは回答率58.5%の5年間のデータなので、もし回答率を100%と仮定すれば、毎年の妊娠分娩数は、最大でAT欠乏症9件、PC欠乏症23件、PS欠乏症151件、合計約200件程度と推定される。毎年日本では、新生児と小児で100人以下、大人で約500人程度の新規血栓性素因患者の報告3)があるので、妊娠可能年齢の女性であることを考慮すれば、この件数は妥当といえる。

1)Sakata T, et al. J Thromb Heamost.2004;2:528-530.
2)Sakata T, et al. J Thromb Heamost.2004;2:1012-1013.
3)Ishiguro A, et al. Int J Hematol.2017;105:52-58.

Kobayashi T, et al. Int J Hematol.2022;116(3):364-371.より作成

小児・成人・妊婦における診断に関する質問 どのような場合に先天性AT欠乏症を疑い、AT測定を実施すべきか?

森下先生 まず若年性、10代での血栓症は遺伝性を疑っていただきたい。そして抗凝固療法を行っても血栓症を繰り返す症例、特に先天性AT欠乏症は3つの遺伝性血栓性素因のなかでも血栓症リスクが高いため、最初に疑うべき疾患かと思う。

森川先生 産科では、先天性AT欠乏症であると気づいていない妊婦がいる。問診で血栓塞栓症の既往や家族歴、周産期合併症の既往を確認し、疑わしい妊婦ではAT活性を測定することが重要である。また、妊娠中に血栓塞栓症を疑う症状が認められた場合も、血栓性素因を疑いAT活性を測定した方がよい。なお、後天性である妊娠に伴う一過性の妊娠性AT欠乏症との鑑別が必要である。妊娠高血圧症候群、妊娠高血圧腎症では、血管内皮細胞障害によって血管透過性亢進が生じ、血漿成分が血管外に漏出するため、発症に注意が必要である。他には、肝機能障害によるAT産生低下によって、AT欠乏が二次的に起こることもあるので注意する。

ATの測定に関する質問 ATは活性と抗原量のどちらを測定すべきか?

家子先生 ATの活性と抗原量を同時に測定するのが理想的だが、診断・治療に必要な情報はAT活性である。抗原量はI型、II型の分類や、活性がはっきりしない場合に用いる。
 活性の測定方法にはXaベースとトロンビンベースがあるが、ほとんど差はない。一般的によく使われているのは前者である。しかし、試薬によって検査結果が微妙に異なるため、可能であればハーモナイズした値にして検討するのがよいだろう。抗原についてはラテックス凝集法とELISA法があるが、保険適用内で実施可能なのはラテックス凝集法である。

遺伝学的検査に関する質問 遺伝学的検査の現状は? -普及度・家族への推奨-

小林先生 令和2年度診療報酬改定で、先天性AT欠乏症は遺伝学的検査の対象疾患に追加された。公益財団法人かずさDNA研究所で検査可能なようだが、先のご講演では森下先生の施設でも可能とのことであった。

森下先生 かずさDNA研究所に依頼する場合は、病院との間で契約が成立している必要がある。これが難しい場合、当研究室※1まで相談していただきたい。
 検査方法は、サンガー法による塩基配列の決定を行う。AT欠乏症はlarge deletionが多いため、サンガー法では検出できないことがあり、われわれはMLPA法なども用いている。遺伝学的検査は保険適用になって間もないので普及度は高くないが、徐々に普及していく可能性もある。
 家系内解析は積極的にすすめているが、遺伝子解析に関してはCase by Caseである。II型の分類をしたい場合は遺伝学的検査が有用な場合があるので、治療法などを考慮する必要性から積極的にすすめる場合もある。最近は、遺伝学的検査に対してそれほど抵抗を示さない人が増えているため、今後は検査の機会が増える可能性もあるが、実施する場合においても、十分な体制のもとインフォームドコンセントを得て進めていく必要がある。
※1:金沢大学大学院医学系研究科病態検査学講座

難病申請に関する質問 難病申請は行うべきか?

森下先生 医療費助成制度は大きなメリットであるが、申請を行うべきなのは、AT製剤とヘパリンの皮下注を使用することで医療費が高くなる妊婦と考える。ただし無症候性の妊婦の場合、先天性AT欠乏症と診断されていても、指定難病と認定されるのが困難という実情がある。また妊婦以外では、例えばDVTやPEを起こしてワルファリンのみでコントロールされている患者も、残念ながら容易には認定されない。

小林先生 DVTなどの後遺症が残っていたり、再発を繰り返したりする重症な患者でしか難病申請は通らないのが現状である。しかし、必要があれば申請はしていただきたい。

妊婦の治療に関する質問 血栓の既往がない先天性AT欠乏症の妊婦に対するAT補充の考え方は?

森川先生 AT補充すべき時期としては、特に分娩前後が重要で、全例で行うべきである。血栓症リスクが低ければ、それ以外の期間はヘパリンのみでもよいと考える。血栓症リスクが高い先天性AT欠乏症のI型では、全期間において補充すべきである。また、II型でもHBS※2タイプのホモ接合体の場合は血栓症リスクが高いため、全期間でのAT補充をすべきである。AT補充は、AT活性値が少なくとも70%以上、できれば80%以上になるようにする。分娩直前からAT補充を行うが、分娩前に一度AT補充によるAT活性値の上昇度を確認しておいた方がよい。少なくとも分娩後48~72時間のハイリスクな時期はAT補充をすべきである。特にI型では、1週間ほど継続することを検討してもよいと考える。分娩後は、ヘパリン療法を併用する。その後は、ワルファリン療法(または低用量アスピリン療法)に切り替える。
 一方、続発性の妊娠性AT欠乏症では、前述の通り分娩後にAT活性値は自然に速やかに改善するが、少なくとも50%を下回る場合には血栓症のリスクが高くなるため注意した方がよい。 ※2:HBS:ヘパリン結合部位

予防的抗凝固療法に関する質問 血栓症未発症の先天性AT欠乏症に対して、予防的抗凝固療法は実施すべきか?

家子先生 現在の日本のシステムでは、臨床症状がなければ治療は行わないのが原則で、「血栓症未発症の場合には予防や治療を行うことを考えない」となる。しかし血栓リスクの高い症例、例えば妊娠症例の場合には予防的な治療は考慮すべきと考える。一方、血栓既往歴を有する場合は、多くの場合で二次予防が必要となる。血栓マーカーを測定の上、高値であれば積極的に予防・治療するのがよいだろう。

小林先生 家族歴を有する無症候性の人の場合、判断が難しいと思うがどのように考えるべきか。

森下先生 例えば、全く症状のない若い人(10代)に積極的な予防的抗凝固療法を開始するのは容易ではない。しかし、家庭内解析をして保有者と判明した人に対しては「脱水に気をつける」「弾性ストッキングを履く」「こういう症状が起きたらすぐに受診する」といった教育をすることが重要だと思う。またリスク因子が重なっているような症例では、より注意深くみていく必要がある。

クロージング 小林 隆夫 先生

指定難病327の特発性血栓症(遺伝性血栓性素因によるものに限る)に該当する血栓性素因のうちでも、特に先天性AT欠乏症は血栓症のリスクが高く、診断して予防や治療につなげることが必要である。また血栓症のリスクがさらに高くなる妊婦症例の管理は重要となるため、「遺伝性血栓性素因患者の妊娠分娩管理に関する診療の手引きQ&A」を参考にしていただきたい。

引用

  1. 厚生労働省:令和2年度衛生行政報告例の概況.

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